【シキケン】6/17 晴れ 神谷組生活3日目

6/17

朝方兄さんと少しだけ話した。

俺が組に入る覚悟が出来たこと、学校通っていても組の仕事を少しずつ手伝っていくこと。兄さんは俺をどうしたいのだろう。組に入れて、優秀な何でもいうことを聞く人形として傍に置いておきたいんだろうか。そういう言い方をしているけれど、それだけじゃない気がする。だとしたら兄さんはきっとさびしいんだろう。傍にいる人がもう一人ほしいんだろう。兄さんは自分の気持ちを知るのが怖いし、知りたくないんだと思う。

そういえば、未だに父さんには会ったことが無い。


氷室という男が留置所から出てくるらしい。

そういう場所があると知っておいた方が良いということで連れていかれた。

アメリカの刑務所に仲間を迎えに行ったことがあるが、それとはまた違う雰囲気だった。

本部長の本田さんと、ヤスと、黒岩さんと、遠野さんと行った。

氷室さんは思ったよりも若い人だった。ほぼ冤罪の言いがかりをつけられて喧嘩しているところを捕まったらしい。へましてすみませんと頭を下げていた。

案外こういうやくざの人たちは筋を通す。そういうところは嫌いじゃない。

家に帰り、氷室さんは兄さんに挨拶にいった。兄さんは「次はない」と言っただけだった。

それから、氷室さんの腕が落ちていないか確かめるのと、俺の実力を見るために夕方手合わせをしろと言った。夕方になったら氷室さんとタイマンだ。あまり乗り気ではない。でも俺は駒なので兄さんのいう通りにしようと思う。

昼飯あとはうちが元締をしているパチンコ屋に行ってゴト師がいないかの情報を集めた。最近幅を利かせているゴト師がいるということで、そいつを捕えなくてはいけなくなった。不正は良くないと思うけれど、そこまでするのか。

結構しらみつぶしに探さないといけないようだったので、他のメンバーに任せて俺は時任さんと一緒に本部に戻った。

文緒さんがちょうど出かけるところだった。この人も出かけるのか。家にいるところしか知らないから不思議だ。

兄さんに呼ばれたので行くと、氷室さんも一緒にいた。道場で手合わせをしなさいとだけ言った。兄さんは車いすに座ってた。あまり調子が良くないのだろうか。

時任さんと氷室さんと、それから野次馬の舎弟たちが見る中で手合わせをすることになった。でも俺は空手とかそういうものをしたことが無いし、本当に喧嘩のレベルだと言ったがそれでいいと言われた。氷室さんと戦った。

特に理由もなく人を殴るのは好きじゃない。アメリカでも日本でも、今までは同世代ばかりだったせいもあって、負けを知らなかった。でも、この世界は違った。

良いところまで行ったと思ったが、結局負けた。経験も、こぶしの重みも違う。氷室さんからは、負けたら死ぬ、という迫力を感じた。アメリカではそんなのしょっちゅうだったけど。時任さんは、「やっぱお前悪くねえな」と言ってくれた。嬉しいような嬉しくないような。

姉さんが医者を呼んでくれたので診て貰ったらあばらにひびが入っていた。久しぶりにこんな怪我をした気がする。姉さんと少し話をした。

その後また、兄さんに呼ばれた。「負けたらしいな」と言われた。

何も言い返せなくて頭を下げるしかなかった。その後は目もくれなかった。

時任さんに空手の型を教えてもらった。正攻法の戦いを覚えたほうが有利だとも教えてくれた。数日じゃどこまで行けるかわからないが、ここにいる間は武芸も教えてくれるそうだ。

外回りに一緒に行く予定だったが、時任さんが今日はもう休めと言うので休むことにした。

未だに和室は慣れない。本田さんが置いて行ってくれた学校の教科書を暇つぶしに読むことにする。

薔薇と脳髄の向こう

感嘆と共感と畏怖。共に彼岸へ向かおう。