ベッドの中で
香ばしい香りで目が醒めた。
これは、大好きなママンの得意料理、スクランブルエッグの匂いだ。
昨日は夕食をとってからすぐ眠くなり自室で眠ってしまったおかげで、あまり好きではない元・家庭教師とそんなに顔を合わせずに済んだ。
しかしキッチンからはそんな元・家庭教師の嫌な声がする。
「クルゥはまだ起きてこないのかい?」
その声を聴いてクラウスはリビングに行くのが嫌になった。起こした身体をベッドに再び寝かせ、天井を見つめた。
「おうちに帰ってくるのが久々だからお寝坊さんなのよ」
歌うように言う母の声を聴いてなんだか情けなくなった。深いため息を吐きながら茶色い掛布団を被る。こうしていたら母が起こしに来てくれるのではないかと思ったからだ。
ベッドの近くの窓からは優しく朝日が射しこんでいる。それなのに妙に惨めな気持ちになるのは、自分が子供だからだろうか。
クラウスは、まだ元・家庭教師のことが受け入れられないでいる。まだ駄目なのかと思われるかもしれないが、クラウスからしたら大好きなママンを盗ったに等しい。自分に優しかったのも全部ママンを狙っていたからかとか考えだすと止まらない。
それに、我が物顔で我が家に居座っているのも、いつの間にか弟のチャーリーまで生まれているのも気にくわなかった。自分の居場所がなくなっているような気さえする。
ママンが悲しまなかったらお前なんか追い出してやるんだからな!
心の中で悪態をつくとお腹が痛くなって来た。ママンに会えるのは嬉しいが、それ以外のことを考えると家ではお腹が痛くなる。昨日はママンとの時間がいっぱいあったから平気だったが、今日はテリィはお休みでずっと家にいるらしい。
テリィに意地悪をされたとかそういうことは一切ないのだが、父親として接して来ようとするのが嫌だった。顔も覚えていない父親が無性に恋しくなるのだ。
「クルゥ~?大丈夫かしら?」
軽くノックしてから母が入ってくる。ギンガムチェックのワンピースが良く似合っている。クラウスの様子がどこかおかしいことに気づいた母は優しく微笑みながらベッドへ近づいた。
「どうしたの?おなかが痛いの?」
「…うん」
母にはきっと、自分の腹痛の意味が伝わっているのだろう、とクラウスは思った。母は自分とテリィが仲良くなって、出来れば結婚したいのだろう。自分がテリィを避けると母が悲しい顔をする。そして今は、自分がテリィにひどいことを言った時と同じ顔をしていた。
「クルゥ、温かい飲み物を持ってくるわね」
でもそれでクラウスを叱りはしない。母もまた、クラウスの気持ちがわかるからだ。優しく撫でられて少しだけ気持ちが収まったクラウスは、再びため息を吐いた。
「僕が大人にならなきゃなのかなあ」
妙に鳥のさえずりが近く感じた。
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