「おい、無理するなよ」

室内に入ったウィリアムはベッドの上で身を起こしているヴィンセントに駆け寄った。

蝋燭の炎に照らされても尚、彼の頬は白く不安にさせる。

「表が騒がしかったが…」

「ちょっと変な奴に絡まれただけ。なんともない」

心配させたくない思いと、学園の生徒がいると知らせたらきっと嫌がるという思いが入り混じる。ごまかした言い方をした。

酔いのせいか、僅かにうるんだ瞳が伏せられる。

ひと房、髪が垂れて顔に影を落とした。息を呑むような美しさに、ウィリアムは未だ慣れない。

先ほどまでの泥酔した状態よりは調子がよさそうで、安心する。

「…ヴィンス」

「家から手紙が来た」

ウィリアムが声をかける前にヴィンセントが口を開いた。

誰かから差し伸べられる手ほど怖いものはない。彼は、自分の意志でウィリアムに伝えようと思った。

「店で聞いた」

そんなヴィンセントの気持ちを察してか、わざと気づいていないふりをしてウィリアムは肩をすくめる。

ドアのカギをきっちり後ろ手で閉めてから、ヴィンセントのベッドへ近づき、腰を下ろした。

少年2人の重さを受けてベッドが軋む。

「なんて来たの?」

ちらりと横目でヴィンセントの方を気にし、目線のやり場に困って手元へ落した。

「兄を称えるだけの手紙。最後は、”お前も見習え”」

「相変わらずヴィンスの親父はなんもわかってねえな」

他の家庭のことに口を出すつもりは毛頭ないのだが、あまりに腹が立ったウィリアムはつい口に出した。形のいい眉をひそめて、まるで自分のことのようにいら立ちを露にする。

「仕方が無いんだ」

どこか諦めた口調で呟くと、ヴィンセントは脱力したようにベッドへ身を投げた。糊のきいた枕に顔をうずめて、ため息をつく。長いまつげが頬に影を落とした。

「仕方無くないだろ。もう今日は寝ろよ。酔いも回ってるし」

そんな痛々しいヴィンセントへかける言葉も見つからないままウィリアムは自分の無力さを噛み締めた。

彼の家に乗り込んで全員学園での活躍を熱弁したいところだが、それは逆効果だろう。良い策も見つからない。

大人しくベッドの中にいるヴィンセントに毛布を掛けてやり、「おやすみ」と呟いた。

「ウィル、眠るまでそこに…」

「嗚呼大丈夫だよ。ここにいるから。消すよ?」

酔っぱらっていて素直なのも悪くないな、と思うがこんな時にひどい奴だとも自分を非難した。

蝋燭の火を吹き消すと、一瞬あたりが真っ暗になった。

しかしすぐに目が慣れてきて、月光が青白くシーツの色を反射した。まるでヴィンセントが湖の中にいるかのようだった。

すぐに寝息が聞こえ始める。

そっとその寝顔を覗いてから、ウィリアムは立ち上がった。



薔薇と脳髄の向こう

感嘆と共感と畏怖。共に彼岸へ向かおう。