閉め切ったカーテン。燃え尽きた蝋燭。脱ぎ散らかされた衣類。室内は閑散としていた。
日没を過ぎた頃か日没間際か。陽の光も入らないため時間は判らない。暗い部屋の中ルドルフは目を覚ました。
シルクのシーツが肌に直接纏わり付いてきて煩わしい。半身を起こすと隣で横になっていたジョージアが「暑いか?」と声をかけてくる。
「べつに」
暑いわけではない。しがらんでくる感覚が煩わしくて仕方がなかっただけだ。
暗い室内の中にルドルフの白い裸体がくっきりと浮かび上がって見える。蝋燭の燃えかすの匂いが鼻についた。
休日、ウィリアムにちょっかいかけようと思っていたのに所在つかめず、行く当てもないので外出もしないでおこうと思っていた。そんな時にジョージアに声をかけられ、まあいいかと流されて街の端にあるホテルへと来たのだった。
一級ホテルまでは行かないが悪くはない。どうせ身体も持て余して居たしと付いて来て昼ごろからまぐわって居た。
ウィリアムとは似ても似つかないようなジョージアだが、煙草の香りが同じだった。彼もまた不良だ。ただウィリアムと違って頭は良くない。ただ素行が悪いだけの馬鹿な不良だ。しかしルドルフにはそれがちょうど良かった。
馬鹿な方がうまく言うことを聞かせられる。そんなことを思いながら頬にかかった髪を耳にかける。
ベッドサイドに置いておいた水差しを手に取り、グラスに注いだ。
生温くなってしまった水をこくりと飲み干すとジョージアに腕を引かれてまたベッドへと押し倒されてしまった。
体力と筋力だけはあるんだよな。
まだ足りないのかと呆れながら性急に下手くそなキスの雨を降らせる彼にされるがままになった。
全力で求められるのは気持ちが良い。欲しがられるのは心地が良い。
自分の身体に夢中になっている彼を眺めながらルドルフはウィリアムの姿を思い浮かべて居た。
彼がこうになってしまったら良いのになあ。彼が僕を死ぬほど求めてくれたらなぁ。
そんな想像をして、思わず笑みが漏れる。
綺麗なウィリアムの唇が僕にキスをする。なんて素敵なんだろう。
そう思った時、ジョージアと目が合った。ウィリアムとは正反対の顔立ち。お世辞には綺麗とは言えないだろう。そばかすが散った鼻は低く唇は嫌に分厚い。
急にルドルフは嫌悪感を抱き、彼を押し退けた。
「おい、なんだよ。これからだろう?」
「もう飽きた」
彼がウィリアムではない事が嫌になり、それだけではなくどうしてこんなやつについて来てしまったんだろうとそんな事を思えばベッドから立ち上がる。
落ちていた衣服を適当に身につけ始めると、あっけに取られていたジョージアもベッドから降りて来た。
「これまた気まぐれだなぁ、おい、姫気取りか?今晩は好きにして良いって言ったのはお前だよなあ?」
「うるさいよ。気が変わったんだ。セックス前にカレーを食べてくるようなやつ御免だね」
そうだ、彼と会って1回目のキスはカレー味だった。そんなムードも大事に出来ないようなのは御免だ。
手のひらを返したようになったルドルフに逆上したジョージアは細い腕を掴む。
「触らないで」
すかさずそれを引っ張って腕を抜くと、僅かに危機感を感じて部屋の中から出ようと扉へと急いだ。内鍵を開けて、服ははだけたままだが構わずに廊下へと飛び出た。
イブニングドレスの女性が歩いていたがその様子に驚きつつも知らぬ顔で通り過ぎていく。
ガウンの男性なんかも歩いていたのでもう随分夜遅くになっているようだった。
「ルル!」
ジョージアが追いかけてルドルフのシャツの裾を掴み引き寄せる。呆気なく彼の腕の中に収まったルドルフは軽蔑した目で彼を睨んだ。
「離せよ」
「お前が悪いんだぜルル、俺を怒らせたからな」
赤いカーペットの上でルドルフが腰を引き寄せられる。
この馬鹿、騒がしくするなと思い腕の中でもがくと後ろから首を掴まれてしまう。
手加減も何もわかっていない相手に半ば脱力してもうどうでも良いかと諦めの色を浮かべる。
いつも流されてばかりだな。
嫌な気持ちが自暴自棄になった時、「おい」と後ろから声をかけられジョージアの腕が緩まった。
一瞬ジョージアが怯みその隙を突いてルドルフが彼の腹に肘を打ち、するりと抜ける。
声の主は誰だろうかと振り返ると、ジョージアの後ろは思い描いていた人物の姿があった。
「で、ルル。ちなみに合意?」
片眉上げて髪をかきあげる。金のピアスがキラリと光った。
「合意じゃない」
夢かと思うようなシチュエーション。ルドルフは咄嗟に、この状況はうまく利用しなくてはならないと思った。ウィリアムの問いかけに首を振ると、彼の表情は険しくなってジョージア見下ろした。
「弱いものいじめは駄目って教わらなかったか?ジョージア」
「関係ねえだろウィリアム。なんでてめえこそ首突っ込んでくるんだよ!」
「なんて言うの?俺もむしゃくしゃしてるから?って感じ」
「ふざけんな!」
ジョージアが怒号をあげる。それを聞きつけた他の客室からわらわらと人々が顔を覗かせる。
「今の状況、明らかにジョージアが不利だけど。ここでやる?」
飄々とした口調のまま拳を軽く撫でたウィリアムが一瞥すると、流石にこの状況で喧嘩をするのは良くないとわかったのか、ジョージアは舌打ちをして部屋へと帰っていった。
「覚えてろよ、ウィリアム」
「典型的な悪役の台詞すぎない?」
捨て台詞にまで皮肉を言ったウィリアムはルドルフを見た。
こちらを伺っていた野次馬の客たちはジョージアの姿が無くなるのと同時に徐々に部屋へ戻っていった。
ルドルフはこのまま夜を過ごしてしまおうかなどと考えていた。
しかし正面から向き直ったウィリアムは不機嫌そうだった。雨の中傘もさしていなかったのか、シャツもベストもびしょ濡れで僅かに肌に貼り付いて肌色を浮かせている。髪から滴る雫が開いた胸元に垂れた。
普段見ることのないような何処か色気のある姿にルドルフは思わず息を飲んでしまった。
身体が熱を帯びてくる。
「ルル、なんでこんなところいるんだよ」
「...誘われたから」
「あーそう。なんでも良いけど付き合う相手くらい選べよな」
呆れたように言うと再び濡れた髪をウィリアムはかきあげた。整った顔が露わになる。ルドルフは胸の高まりに気付かないふりをする。
「ウィルが付き合ってくれたら、もうこんな事しないんだけどね」
「そりゃどうも」
軽く首を傾げてうっとりとした表情を作る。何気なく距離を縮めて彼の胸元にそっと頭をもたれさせる。
「ねえ、僕今日泊まるところ無いんだ。ウィルはここに泊まる?良ければ一緒に...」
「悪いけど先約がある。泊まる場所無いならもう一部屋取ってやるからそこに泊まりな」
ウィリアムは一歩下がってルドルフの身体から距離を置くと肩をすくめて飄々と提案する。
もちろん、ルドルフの考えなんて見抜いていてわざとの言動だ。
「そうじゃなくて...怖かったから...ウィルと一緒にいたいんだよ」
押して駄目なら引いてみようと思ったルドルフがしおらしげに自分の肩を抱きながら上目遣いをする。ウィリアムは面倒ごとになったなあとため息を吐くと、この少年を諦めさせるにはどうしたら良いのかと考える。
「お誘いは有難いんだけどね。さっきも言った通り先約がある」
「先約って何?女の子?」
「そんなところ。俺の事部屋で待ってる。じゃあなルル」
さっさと会話を打ち切りたいウィリアムは適当な言い訳を言うと背中を向けた。
女?今晩はそこら辺の女とウィリアムは過ごすの?許せない。
取り残されたルドルフは嫉妬の炎を燃やしながら彼が階段を上って上の階に行くのを見つめた。

薔薇と脳髄の向こう

感嘆と共感と畏怖。共に彼岸へ向かおう。