休日
ぼんやり鐘撞堂の立入禁止区域で寝転びながら空を見上げていると下がうるさくなった。
ふと見てみると、私服の生徒たちがワラワラと大聖堂から出てきている。
嗚呼そうか、今日は第3土曜日か。
煙草の煙を吐き出すと風に乗ってすぐさま掻き消される。
墓参りでも行くか。
ウィリアムは靴の裏で煙草の火を消すと、立ち上がって外出許可証を貰いに向かった。
大聖堂の中にいる生徒はまばらだった。学生手帳が見つからなくて鞄をひっくり返していたり、馬車待ちらしい様子で椅子に座っていたりしている生徒しかいない。もう昼近くになっていたこともあり、大体の生徒はもう街へ出ているのだろう。
いつも許可証を配布している部屋の前部分に目をやると、金色の髪を見つけた。波を終えてひと段落した様子の室内でも彼はまじめに仕事をしているようだった。
教会椅子に座った生徒の合間を縫って足を進める。マリア像前で預かった手帳整理をしているヴィンセントに近づいた。
その場にいた生徒達の間にウィリアムの行動で緊張が走った。監督生と不良。喧嘩ばかりしているウィリアムを恐れている生徒は少なくない。ヴィンセントに何か注意されて喧嘩にならないか僅かに皆が固唾を飲んだ。
近づく足音に生徒が来たと思い柔らかい笑みを浮かべたヴィンセントが顔を上げると、そこにいたのはウィリアムだった。その顔を見たウィリアムはなんだかおかしくなってしまった。
そんな顔で笑ってるのか。
自分に向けられない笑みを久々に目の当たりにして、少しだけ気持ちが良い。
嫌な顔をするかと思いきや、ヴィンセントは表情変えず、「生徒手帳を」と告げる。
本当に人前だと抜かりがないよなあ、と苦笑いしてウィリアムはズボンのポケットに手を突っ込む。ぼろぼろの生徒手帳を引っ張り出すとそれを渡した。
「どうしたらこんなにぼろぼろになんだい?大切に使わないと」
驚いた顔をしながらまるで下級生に注意するような言い方でヴィンセントが言う。
「犬に噛まれたんだよ」
「そうか。でもウィリアムに怪我がないなら何よりだね」
「思ってないくせに」
「そんなことはないよ。とにかく、門限は守るように」
唇には弧を描いたままだが、目だけでヴィンセントが睨んでくる。嫌味が気に入らなかったらしい。
外出許可証を渡されるとそれを胸ポケットにしまい、「優等生くん、頑張れよー」と声をかけて背を向けた。
聖堂の中の生徒たちは優等生と不良の会話を恐れながら聞いていたが、特に何も起きなかったのでみんな胸をなでおろし、張り詰めていた緊張が解けた。
残されたヴィンセントが手の中の生徒手帳に違和感を感じておもむろに裏返すと、裏に本の切り抜きが張り付いていた。
探偵小説の一節...「いつもの酒場で」という台詞だけの切り抜き。
手の込んだことをするやつだな。
と心の中で悪態吐きつつその切り抜きをそっとポケットにしまった。
ウィリアムは聖堂を出て一度自室へと戻った。
あまり使っていないタンスを開けると古びたトランクが覗く。草臥れた革は今にも朽ち果てそうなほどぼろぼろで、ステッカーが貼られているがその柄さえも剥げていて見えない。持ち手の部分も朽ち果て、従来のトランクの持ち方をしたら分離するだろう。
そんなトランクの金具を丁寧に横へスライドさせて蓋を開くと、中にはトランク同様に年季の入ったスケッチブックが数冊と表紙が擦り切れた本、そして雑巾のようになったシャツが入っていた。
その中のスケッチブックを1冊、手に取りおもむろに開くとそこには少年の横顔がいくつも描かれている。どれも同じ少年をスケッチしているようだ。
その少年は、幼い時のウィリアムだった。
1枚めくると、そこには薔薇のスケッチが隙間なくされていた。余白を許さないかのように咲き乱れる薔薇に、描き手の執念を感じる。
写実的で美しい曲線の薔薇を見つめてからウィリアムはスケッチブックを閉じた。
一息ついてから元の位置に戻すとタンスを閉め、部屋を出た。
学院の中から出ようと生徒玄関を目指すのだった。
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