休日
その日は、風の強い休日だった。
ギムナジウムでは第3週目の休日になると学校外への外出が許され、少年達は思い思いに出掛ける事ができる。彼らはその外出許可日を心待ちにしていた。
今日がその日、朝から少年達は身支度を整え、街に繰り出そうと浮き足立っている。
ある少年は町の本屋へ買い物しに、ある少年は家族の元へ帰りに、ある少年は背伸びしてバーに足を運ぶ。彼らは解放された身体と心のまま思い切り学校生活のしがらみを抜けて遊ぶのだった。
クラウスもまた、皆と同じように外出を楽しみにしていた。彼の場合、ロンドンにある自宅へ毎月帰っている。大好きな母に会えるのが彼の楽しみであり、喜びでもあった。
例外なく今回も実家へ帰ろうと思っている。しかし、弟が出来てからというもの帰っても母はあまり構ってくれず、寂しい思いをすることが多かった。それだけが不安の種ではあったが、母に会いたいので帰宅することを選んだ。
お気に入りのチェックのセットアップを着て、鏡を見る。母にきっと可愛いと言ってもらえるだろう。自分の姿を確認して満足げに頷き、革靴に足を滑り込ませる。小さな鞄をひとつだけ持つと、講堂へ向かった。
外出許可証は講堂で配布される。中には長蛇の列が出来ていた。
制服姿に見慣れているせいか、皆が私服でいるのが新鮮だった。まるで違う学校になってしまったかのようだ。
クラウスは無意識のうちにウィリアムの姿を探す。そういえば、休日は何をしているんだろう。知りたいなと思いつつ、この前のルドルフの言葉が蘇ってきて憂鬱な気分になる。
ウィリアムの事を嫌いになったわけではないが、複雑な気持ちだった。
もちろん、講堂なんていう人の多いところに彼がいるわけも無く、捌かれた列はどんどん短くなりクラウスが外出許可証をもらう番になった。
列の担当はヴィンセントだった。
「外出の要件は?」
優しく問いかけるヴィンセントの声で我に返ったクラウスは慌てて鞄から自分の生徒手帳を出した。
それを渡す時にヴィンセントの顔を見上げると、青い瞳とぶつかった。
女性的な顔立ちで髪も長く優しい瞳は、聖書に出てくる大天使の挿絵に良く似ている。
「えっと、おうちに帰ります」
「そうなんだね。気を付けて行ってらっしゃい。門限は明日の夕方5時。遅れないようにね」
「はい」
手帳と引き換えに番号と名前のついた許可証をもらうと、人の流れに沿って講堂から出た。
アスランも同じように実家に帰るらしく、彼はミュンヘン出身のため、朝早くに出発した。そのためクラウスは一人ぼっちで校門までやってきたのだった。
適当な蒸気自動車を捕まえようと道端に出るが、忙しい休日にちょうどよく車が走っているわけもなく、早々に諦める。
ロンドンまで、歩いても20分くらいしかかからない。散歩も嫌いではないクラウスは、歩いて行くことにした。
太陽は南の方に昇っている。少しのんびりしすぎたかもしれない。
石畳の上を革靴の音立てて歩いていると、後ろから自転車の軽やかな車輪の音が近づいてきた。
「ようクラウス、どこ行くんだい?」
2人乗りした中級生が声をかけてくる。
「おうちに帰るんだ」
「そうかー遊ぼうと思ったのに。気をつけろよ」
そういうと彼らは追い抜いて遠くへと消えていった。
自転車の後ろに乗せて送ってくれればいいのに!とわがままな事を考えるが、ウィリアムの後ろじゃなきゃ嫌だなと思い直せば大して怒りも湧かない。
暫く1人で歩いていると、だんだんあたりが騒がしくなってきた。
パンの焼ける匂いと、ガスの香り、人のざわめき。小さい頃から過ごしてきたロンドンの懐かしい景色が飛び込んでくる。
嬉しさと懐かしさが込み上げて胸がいっぱいになると自然と足取りが軽くなる。
ロンドンの街によく似合うチェックのキャスケットをかぶり直し、街の真ん中にある自宅へと急いだ。
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