吐露

僕は、生まれた時から厄介者だったらしい。
お父さんは、すごく有名な貴族で、元軍人で、すごい人だったらしい。僕は一度しか会ったことがないから知らないけれど。
お母さんは、お父さんが一回だけ抱いた娼婦だった。
お父さんは、すごく有名な貴族だったからお母さんは捨てられて、僕も一緒に捨てられた。
お母さんのことは好きじゃないし、お父さんのことも好きじゃない。
お母さんはお父さんに捨てられてから、もっともっと色んな男の人と会うようになった。お母さんは、綺麗だった。一番人気の娼婦だったんだ。毎晩家には知らない男の人が来て、すぐ裸になってた。
僕は怖くて、屋根裏部屋によく逃げてたんだ。
そうしたらある日、お母さんがいない時に男の人が来て、6歳の僕を食べちゃったんだ。
それから、お母さんはお酒とお金にうるさくなって、僕を叩くようになって、お母さんの代わりに僕が男の人に毎日会わなきゃいけなくなった。すごく嫌だったけど、男の人がお金をくれればお母さんが喜ぶし、お母さんが言ってくれない優しい事を言ってくれた。
だから僕は、冬でも寒くなかった。
9歳の時、お母さんが病気で動かなくなっちゃったんだ。そうしたら、立派な服を着たおじさんが来てお母さんを燃やしちゃって、それで僕はその日からすごく大きなおうちに住むようになったんだ。
いつも硬いパンと味のないスープを食べていた僕は、美味しいご飯とお水がもらえて嬉しかった。お母さんは居なくなっちゃったけど、もう叩かれなくて済むし、綺麗なお洋服も着られて幸せだったんだ。
でも、暫くしたら立派な服のおじさんも僕を裸にしておじさんも裸になって前みたいな事をするようになった。おじさんは臭くなかったし、ひどい事をするわけでもなく優しかったから僕は平気だった。
ある日、おじさんがお父さんに会わせてくれると言った。お父さんのことは知らなかったから、会ってみたいと思った。僕が住んでいるおうちよりもっと大きなおうちに行くと、おじさんは僕にきらきらした服のおじさんを会わせた。そのおじさんが、僕のお父さんだった。
お父さんは、僕に何も言ってくれなかった。代わりに、自分の息子と言って兵隊になっている男の人と、髪の毛の長いお兄さんの話をした。
兵隊になっている人は遠くに行っていて今いないけれど、髪の長い人は明日学校から帰ってくるらしい。僕はおじさんとお父さんのいいなりになって髪の長い人に会うことになった。
僕のおうちよりも豪華な部屋でご飯を食べて、僕のおうちよりふかふかのベッドで眠ると、すぐに朝が来た。朝になったらすぐに髪の長い人が帰ってくるみたいで、みんなでお出迎えした。
家に帰ってくるだけでこんなに喜ばれるのは、ずるいと思った。
帰ってきた髪の長い人は、とっても綺麗だった。みんなに優しいキスをされて、お父さんは僕にしてくれなかったハグを髪の長い人にした。
その日に、髪の長い人に挨拶をすると髪の長い人は優しく僕を撫でてくれた。僕はそれがすごく嬉しかった。
でも、その日の夜ごはんはすごく嫌だった。髪の長い人のことしかみんな褒めず、お父さんも僕なんか居ないみたいにする。僕は髪の長い人のことが嫌いになった。
お父さんのおうちを出発する時、おじさんにお父さんが「もう連れてこないでくれ、金はやるから」と言っていたのを聞いた。僕は悲しかった。
僕が11歳になって、おじさんが学校に入れてくれることになった。おじさんが言うには、髪の長い人もいるところらしい。
学校に入ることになって、髪の長い人に挨拶に行った。そうすると、髪の長い人は「はじめまして」と言った。僕は、すごく悲しくなった。僕のことを髪の長い人は覚えてなかった。僕はずっと、髪の長い人みたいになればお父さんに抱っこしてもらえると思って頑張っていたのに。
悔しくって、その日は部屋で泣いた。

そうして学院で生活していくうちに、ヴィンセントも案外孤独の中で生きていることを僕は知った。僕の劣等感と一生癒えない傷のことを思えばまだまだ甘い気がするが、彼もまた苦しんでいるようだから前ほどの重苦しい嫌な気持ちは和らいでいる。このまま彼も、僕と同じような苦しみを味わい続けなければ気が済まない。
ここに来てから、僕は自分の容姿が優れていることを自覚した。幼少期に受けた性的なものも、外見のせいだと思えば納得できた。今思えばあの時身につけた技術によってこの学院の中でもそれなりの地位につけている。上級生なんて性に飢えているのだから一度抱かせれば言うことを聞くようになる。教員だって、少し熱っぽく囁けばすぐその気になって手を出してくる。こうすれば、僕はレポートを出していなくても満点の成績になれた。
求められて、必要とされることがどれだけ満たされるか、きっと彼らは知らないだろう。愛してるなんて言葉よりも肌を重ねて貪られる方がよっぽど心地よい。そうして僕は、この学院でも確実に愛を受けている。

ある時、ヴィンセントを見かけて遠目から目で追っていると、学院一の問題児と親しげに話しはじめた。
これはいいスキャンダルだな、と思って様子を伺っていると今までの嘘くさい笑い方じゃない、本当に楽しそうな顔をして不良と話していた。
なんだ、あいつも幸せなのか。
僕の心にまた劣等感と得体の知れない不安とどす黒い何かが生まれた。うまく隠しているけれどよく見れば作った笑いを浮かべて心の中では孤独で死にそうになっていればいいのに、その問題児といる時は楽しそうに笑っている。許せなかった。
それだけの顔をあの仮面王子にさせるあの不良はどんな奴なんだろう。そう思って不良の方を徹底的に調べ上げた。
ウィリアム。
過去のことを知れば、あんなに達観して嫌味のない奴になるのかと感心した。
彼はきっと、救う側の人間なんだ。
素行は悪いし、口も悪いし、喧嘩もするし、良いところといえば顔くらいなんじゃないかと思っていたけれど、ウィリアムを見ていて彼の人間性に惹かれた。慕われる理由がわかった気がする。
そして、ウィリアムがヴィンセントに気をかけていることも知った。
ますますヴィンセントの事が許せなくなった。
どうして僕が欲しいものを全部彼は持っているんだろう。
どうしてあいつばっかり。
わざと上級生に襲われて、そこをウィリアムに助けてもらうように仕向けた。これで僕とウィリアムが仲良くなってもおかしくはない。顔を見るたび微笑んで見せるが、大抵の奴が落ちたこの顔にもウィリアムはなびかない。そこがたまらなく好きだけれど、悔しくて腹が立つ。
ウィルに気があるような素振りを少し滲ませたら、今まで関係を持った上級生たちが焦って毎晩声をかけてくる。僕はいつのまにか、誰のものでも良い愛が欲しいんじゃなくて、僕が欲しい人からの愛を求めるようになってしまった。
ウィル、僕は君が欲しい。
憎いヴィンセントを地獄に叩き落とす為にも、僕が満たされていくためにも。
彼の目が僕だけを見つめるようになったら。彼の唇が僕の名前だけを呼ぶようになったら。
それだけで僕はきっと、過去のことなんか全部払拭できる。
最近、小うるさいチビが出てきてムカつくけど暇つぶしにからかうにはちょうど良い。クラウスもまた、明るく家族にも恵まれて僕の持っていないものを全部持っているから憎たらしい。お前にも、ウィルは渡さないよ。

「ヴィンセントが抱いて欲しいと願ったらどうする?」
張り詰めた緊張で、僕の嫌な予感が確信に変わった。
平静を装ったウィルだけど、一瞬だけ凍りついたのがわかった。答えに詰まり、きっと彼はその光景を想像しただろう。
ウィリアム。
だめだよ。君はヨカナーンになってはいけない。
ジワリと広がった嫉妬心。
僕は僕にサロメの影を見た。

薔薇と脳髄の向こう

感嘆と共感と畏怖。共に彼岸へ向かおう。