昼下がり
授業終了のチャイムを、鐘突き係の生徒が鳴らす。
旧談話室の中にいた『奇天烈科学倶楽部』のメンバーは慌てて机に放っていた教科書を掻き集めだした。
「まずい、この後はロビンソン先生の授業なんだ!悪いがウィル、戸締り頼んだ!」
ロビンソン先生というのは科学の教員で、予鈴の段階で席に座って準備していないと減点する。そのため、彼の授業の時は皆慌てて授業前に教室に入るのだ。トーマスたちの場合はそれだけではなく科学の授業をしっかり受けたいというのもあるのだろう。
慌しく足音を鳴らして部屋から彼らが出ていくと、ウィリアムは広い旧談話室の中に取り残された。あまりの慌しさに若干呆気にとられていたが、さっさと自室に戻ろうと先程開けた窓を閉める。
旧談話室は鍵も特にない為そのまま廊下に出る。
ウィリアムの部屋に戻るには玄関前を一度通らなければならず、階段を降りると先程の乗馬基礎をしていた少年たちが帰ってきていた。
ということは、金の王子様も戻ってきている頃だろうか。ぼんやり金の髪のことを考えて歩く。
いざ下級生だらけの廊下に入ると遠くから見るより彼らはずっと背が小さく感じる。ウィリアムは途端にガリバー冒険記を思い出した。
長い廊下を点々と乗馬服の下級生たちが歩いている様子は不思議なものだ。皆暑そうにしている。
その中に、ぶかぶかの帽子を見つけた。
ミサの時に隣にいた黒髪の少年...アスランも横にいる。垂れ目のおっとりしたアスランは帽子を脱いでいるが、金髪の告白してきた子...クラウスは何故か帽子をとっていない。
真正面から歩いてくる2人は、お互いの顔を見ながら話し込んでいるせいでウィリアムに気づいていない。
それにしても帽子がでかいな。
つばが下がってろくに前が見えていないだろうクラウスを見て可笑しさがこみ上げてくる。
2人はこちらに気付かず、距離が近くなった。
その時、バタバタと足音がし長い廊下の向こうから列車さながらの速度で1人の中級生くらいの少年が走ってくる。
一瞬のことだった。ちらりと見えた科学の教科書から、彼もまたロビンソン先生の罰に恐れた生徒だろう。
なりふり構わず突っ走る少年のために大体の生徒は道を開けるが、少し動作が遅れたクラウスに彼がぶつかった。
その衝撃で小さなクラウスの身体が吹っ飛ぶ。
このまま通り過ぎようと思っていたが考えるより早く身体が動いてしまう。
ウィリアムは咄嗟に腕を伸ばして飛ばされたクラウスを抱きとめ、飛び出した勢いのまま彼を抱きかかえて床に倒れた。
「うわぁ!」
クラウスが声を上げる。アスランが驚いて駆け寄ってくるが、親友を助けてくれた相手をやっと認知して固まってしまった。
「いたぁい..!」
半ベソをかきながら固くつぶっていた目を開く。そこにいた大好きなウィリアムの姿を認知した瞬間、その顔にわかりやすい驚きの表情を描く。
「ったく、危ねえなあ」
ウィリアムは小さく悪態吐くと腕の中で固まっているクラウスに目をやる。
「怪我はない?」
夢見心地で声をかけられたクラウスは溢れんばかりに大きな目を見開いたままコクコクと頷いた。
目、落っこちるんじゃないのか。そんなことを思いながら彼を立たせてやり、自分も立ち上がる。
軽くズボンの埃を払うと、床に落ちた帽子を拾ってクラウスに被せてやった。
身を屈めて彼と目線を合わせると、「帽子、ヴィンスに言えば替えてくれると思うから替えてもらえよ。」と言う。
まだ現実を受け止められてなさそうなクラウスの頭を帽子越しに撫でてやってから背を向けて歩き出す。
ウィリアムが離れてからやっと現実を飲み込めたらしいクラウスは顔を真っ赤にした。
「ウィリアム先輩!ありがとうございました!」
後ろから聞こえる大きな声に振り向くことはなく軽く片手上げて答えるウィリアムの足は、自室ではなく教員用玄関の方へ向いている。
「あ、あと、今日もかっこいいです!好きです!」
あとを追って聞こえてきたクラウスの大きな声に若干の気恥ずかしさが混じると僅かに肩をすくめた。
その背中が見えなくなってからクラウスはへなへなと床に座り込んでしまった。
「大丈夫?」
心配そうにアスランが覗き込んでくる。
「どうしよう僕、運動したから髪の毛ぐちゃぐちゃだったよ〜!」
「帽子かぶってたからそんなにぐちゃぐちゃじゃないよ」
今にも泣きそうなクラウスを慰めながらアスランは、ウィリアム先輩は気にしなそうだと思うけどなあと思う。
「う〜。でも帽子触ってもらった!この帽子は一生大事にする!」
先程の出来事を思い出して急に元気になったのか、今度はとびきりの笑顔をクラウスは見せた。
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