彼ら

「なぁ、俺必要?」
昼食が終わり午後一番の授業をサボタージュしたウィリアムが連れてこられたのは、旧談話室だった。
今は中央棟にある大広間が談話室と名を変えて利用されているが、一昨年まではこの西棟外れの部屋が談話室だった。
もう丸1年ほど放ったらかしで、その間は不良の溜まり場だった。しかしヴィンセントの管理下になってから不良たちの足は遠のき、ただひたすら忘れられた場所と化している。
そんな旧談話室にウィリアムを呼び出したのはトーマス...とその友人たちだ。
「必要も必要、いざ金の王子様に見つかった時ウィルがいればどうにかなるだろ」
金の王子様というのはヴィンセントのことだ。
トーマスにはなぜかヴィンセントと一緒にいるところを見られがちだ。だから、仲がいいと勘違いしているのだろう。
「俺がいたって、ヴィンスがどうするって事はなさそうだけどな。」
壁にもたれ掛かり腕を組むと、興味なさそうに言った。
トーマスたちは布のものさしを持って広い談話室内の広さを測っている。
「何のためにそんな事してるの?」
「よくぞ聞いてくれた!我々『奇天烈科学倶楽部』は理科室からも天文測量室からも追い出され今や中庭銀杏の樹前でしか活動していない!しかし我々の膨大な資料と道具は外での保管はできない。それ故にこの旧談話室を占領しようという事なのだ!」
「俺なんかよりずっと不良じゃないか」
熱がこみ上げてきたのか拳を握りしめて語るトーマスに身を仰け反らせる。別の作業をしていた『奇天烈科学倶楽部』メンバーがしみじみと首を縦に振っているのが見えた。
「活動に真面目だと言って欲しいね」
根っからの科学オタクである彼らは、一応学院公認のクラブ活動をしているのだが理科室ではダイナマイト実験をして作業台を破壊し追い出され、天文測量室では望遠鏡で太陽光を集めてぼや騒ぎを起こして追い出されたという。
目的は真面目なのだが結果が残念なことが多い。好奇心の塊である彼らは彼らなりに楽しく活動をしているらしかった。
それにしても、活動場所を勝手に作ろうというのは逆にまた目をつけられるのじゃないだろうか。と思ったが無責任に突き放して最後まで手伝う羽目になるのも面倒ではある。だから口には出さないでおいた。
「おい!我らが活動室で煙草はやめてくれ!」
胸ポケットから煙草の箱を出した瞬間、トーマスから怒号が飛んでくる。バツが悪くなって肩をすくめると渋々煙草をしまった。
まだ自分たちのものではないのに、もう占領して活動拠点にする気満々らしい。自分たちの活動を邪魔するものは許さん!という意気込みを感じる。
煙草を禁じられ手持ち無沙汰になったので、室内を眺めることにする。数人が室内を駆け回り、ソファの寸法やら本棚の高さやらを測っていた。
埃っぽい談話室の中数人が走り回ると煙が立つ。空気が淀んで軽く噎せたウィリアムが換気しようと窓に近づく。
校庭に面した窓の外に目をやると、何処か下級生のクラスが乗馬基礎だと思われる授業を受けている。
「お、噂をすればヴィンセントがいるぜ」
いつのまにか背後に来ていたトーマスが、同じように窓の外を見て呟いた。
教員ではなくヴィンセントが白い乗馬服と鞭を片手に下級生たちに何やら指導しているようだ。
長い金の髪を後ろで結んで、黒のハイブーツと白い燕尾型の乗馬服姿はさながら本物の王子のようだった。
「大変だなあ監督生ってのも。おチビちゃんたちの面倒見なきゃだもんなあ」
ヒュウと口笛吹き、ヴィンセントの背中を見ながら言うトーマスの言葉には反応せずウィリアムはじっと窓の外を眺める。
無理し過ぎなんじゃないか、とヴィンセントを見ながら心配になる。

それに乗馬は、あいつが1番嫌いなんじゃないのか。

そんなことを思って、自分に呆れる。親じゃあるまいし、ヴィンセントの心配し過ぎだ。と自分に言い聞かせて彼から視線をずらした。
ヴィンセントより背の低い少年たちが20人ほど、きっちりと列を組んで立っている。
1番前でぶかぶかの帽子を被っている子が目に入った。
よく見れば、先日ミサで告白してきた子である。
名前こそ忘れてしまったが、顔は覚えている。学年的には4つくらい下だが、身体が小さいためもう少し幼く見える。
その分顔が小さく、帽子のつばが下がってしまって前が見にくそうだ。成長期に合わせてきっと大きめのものを買ったのだろう。そんな様子が面白くて思わず笑みを浮かべた。
ヴィンセントが彼の帽子のつばを摘んで後ろにずらしてやるがすぐに前に落ちてきてしまう。
遠くからそんなやりとりを見ながら笑っていると「ウィル、手伝ってくれ」と声をかけられる。
名残惜しいような気がしたが窓辺を離れて部屋の奥へと引っ込んだ。

薔薇と脳髄の向こう

感嘆と共感と畏怖。共に彼岸へ向かおう。