天使の泪5

世間的に見たらあまり豪華とはいえない食事だったがミカエルは気に入ってくれたようで、すぐさま皿を空にした。初めて食べるオムライスは彼にとって新鮮な味らしく、「こんなに美味しいものあるんだ」なんていいながらぺろりとたいらげてしまったわけだ。
食べ方が特別綺麗だというわけではないのだが彼の動作一つ一つには品があり、思わずその一動に目を奪われていると「レオも食べてよ」と急かされてしまった。
あまり見つめては彼に失礼だとはわかっているが、彼の輝くような魅力には逆らえず気づいたら視線をやってしまっている。
だめだ。冷静にならなくてはいけない。
レオは軽く頭を振ると、自分の目の前のオムライスをゆっくりと口に運び、目の前に座っている彼の皿と同じく空にした。
一つ息を吐いてさりげなく視線を彼に向けると、彼の青い瞳とぶつかった。
「レオ、難しく考えないでよ」
細い眉がわずかに下がりほんのり血色の良くなった可愛い顔でミカエルが笑う。ぐるぐると頭の中で考え過ぎてしまうこの青年がなんだか可笑しくてたまらないかのように目を瞬かせる。
「なにがだい?」
心を読まれているとわかっていても、レオの正当な、他の人間に比べれば変に高くないプライドは読まれていない風に振る舞う選択をとる。
「あれ、わからないふりした。まあいいや。」
それすらも見透かしたミカエルは今までのやりとりで正直者だった彼が初めて嘘をついた、と人間の性質が難しい事を悟る。それすらもなんだかおかしく感じてミカエルが笑うと、すぐさま自分の思惑が見透かされている事に気づいたレオが決まりの悪い顔をした。
「片付けるよ。」
素早く立ち上がり、心を誤魔化そうとするレオは彼の前の皿をとり自分の皿に重ねるとそのままキッチンのシンクの方へ持っていった。
彼のいう通りだ、あまり考え過ぎてはいけない。いつも通り、友人に接するように彼にも接すればいい。
自分のまだ芽生えていない感情に蓋をして考えないようにするためにレオは水道をひねり、水を出す。流れていく汚れと同じように己のわずかな邪念も落ちればいい、と思った。


「洋服でも買いに行こうか。」
そんなに時間のかからない洗い物を済ませてリビングに戻り、食事中にも考えていた事を口にするとソファでプラトンの本を読んでいたミカエルが顔を上げる。
レオの言葉に少し驚いて目を見開くと、戸口に立ってこちらを見下ろす優しい目のレオに問いかけた。
「外出るの?」
「うん。ミカ、僕の服じゃサイズ合わないみたいだし。」
確かに、袖口は腕まくりをしないと指先が出ず、ズボンの裾は引きずっており歩きにくい。レオの言葉でミカエルは自分の着ている服の裾がわずかに長い事を自覚する。
「ん、じゃあ行く。」
このままの服で行かせるのも如何なものかと思い、それ以外の服を持ち合わせていなかったため着替えさせるわけにもいかず、長い裾を折ってやる。白い腕が袖から覗き、あまりの眩しさに目を逸らした。
「行こうか。」
声をかけるとミカエルは無邪気な子供のように軽い足取りで後に続く。
ドアを開けると、見事なまでの快晴だった。
風もなく照りつける太陽が冷たい空気を温めている。
一歩外に出たミカエルは思わずその白い首を後ろに傾けて、同じ色をした空をその目に写す。自分が暮らしていた白い雲の上の世界を脳裏に描くと、その頃は想像もしていなかった下の世界に今居ることの不思議さと物悲しさに唇を噛んだ。
それに気付いてしまったレオはその柔らかい金髪を撫でずにはいられなかった。
レオが触れたことにより、上空へと向かっていたミカエルの意識が急速に戻される。すると、もう心がころりとかわり、目の前の青年に意識が向いた。
「どうしたのレオ。」
「…いや。」
同情なのか哀れみなのかどちらとも言えない感情を抱いていたが失礼なような気がして答えをはぐらかし、ゆっくりと歩みを進める。ミカエルの歩幅に合わせるためにあまり速度を上げない。
強い太陽の光を浴びたレオの黒髪もきらりと光った。
ミカエルはレオの横顔を見上げて天界で見かけるくらい整っているな、と思った。そしてそんなレオの頭の中は、ミカエルに何を着せたいかでいっぱいだった。
澄ました顔で街を歩くレオをみて、街の女の子や女性は頬を赤くしたり盗み見たりしている。女子の憧れであり、人気があるらしいレオが頭の中では着せ替え人形と化したミカエルにフリルのブラウスを着せているのが可笑しい。レオの頭の中を覗いてミカエルはくすくすと笑った。

薔薇と脳髄の向こう

感嘆と共感と畏怖。共に彼岸へ向かおう。