無題
雨の音がしとしとと響く湿った室内は薄暗く、灯りも無い。
ただ、閉め切られていないカアテンの隙間から溢れてくる月光が、窓際に置かれたベツトのシイツの白を際立たせている。絹だろうか。光沢を帯びた布の襞がきらりと反射し、まるで灯りのようにぼんやりと光っていた。
春の雨とは言え、未だ薄寒い。小さな吐息とともに、絹の海に身を横たえた少年が酷くくらい目をうっすら開けた。少年は惜しげも無く細く未だ成長段階の手脚を投げ出し、辛うじて纏わり付いている綿のシヤツの肌触りを感じている。呼吸に合わせて薄い胸が上下し虚ろな表情のままゆっくりと瞬きをした。恐ろしい程深い黒をした瞳は朧げに泳いだあと、じっとりとした嫌悪とも取れる視線を自らを横たえた人物に向ける。
黒い影だった。
青い月の光を総て吸収してしまっているかのような黒を纏ったモノ、だ。
恐ろしいということもなく、ただ純粋に息苦しさのようなものを感じて薄桃色になった下唇を噛んだ。
ひとなのだろうか。
然し顔はない。体温も感じない。言葉も発さない。
きっと、ひとではないな。
少年は一瞬のうちにそう思うと、細く抜ける息を吐いた。この時初めて彼は自分が息を止めてしまっていた事に気付いた。
黒いモノがゆっくりとした動作でベツトに登ると、それに重さはあるようでぎしりと音を立てて絹が沈む。少年の足の方に、黒いモノが覆いかぶさると、少年の白い脛をなにかが撫でた。
嗚呼舐められているな、と少年は思った。
黒いモノの顔も舌も、全くわからなかったが確実にざらりとした舌で脛を舐められているのはよくわかった。どちらかというと、猫のような舌をしているのかもしれない。
見えぬものに、確認しようが無いがいづれも、丁寧に舐められているのだ。口は無いのに吐息は感じる。不思議だな、と思う。
一度も太陽の光を浴びたことがないほど白い少年の脚は、絹に負けぬほど肌理が細かい。すらりとした、些か細すぎるような気もするその脚に、黒い影は丁寧に吸い付いている。
少年は、どうでも良い気がして、好きなようにさせていた。気怠い表情は変わらぬまま力無くその腕を伸ばして絹のシイツを掴み、それはまるで何かに縋っているようにも見える。長い睫毛が揺れて瞳が閉じられてしまった。その眉根にゆっくりとしわが寄っていく。苦悶といえるのか、快楽ともいえるのか、どちらかわからない表情を浮かべて少年は小さく吐息を吐いた。
0コメント