青春の事

絶対に今日こそ「彼」に顔を覚えてもらうんだ。
そう心に決めた彼は、ミサの2時間前には目を覚ましきっちりと身だしなみを整えていた。
自慢の金髪は昨日綺麗に洗って艶もあるし、ママンから贈られてきた香油も塗り込んである。それだけじゃなくてシャツもおろしたてのものだし、靴下だって一番お気に入りの可愛いものにしてある。自分が最も魅力的に見える方法を、その少年…クラウスは良く分かっていた。
アーモンド型の大きな瞳は誰もが羨むような鮮やかな水色をしており、鼻もつんと尖っていて可愛らしい。何処かあざとさもあるがそれもまた愛嬌に昇華できる程の愛らしさも持ち合わせていた。
彼は何より、洋服が大好きだった。社交界にも幼い時から出ていた彼は同年齢の少年たちに比べれば世渡りが上手だった。
お喋りも上手く、お洒落で、顔立ちも可愛らしい。学院内でも人気者だ。
中等科ではルドルフかクラウスか、と言われるほどに人気があり、特に上級生からの可愛がられ方が尋常では無い。
勿論、兄弟制度なんてものがあって弟になってほしいという申し出は少なくなかった。しかしクラウスには心に決めた相手がいたのだった。
その彼に会えるのがミサの日しかない。
基本的に同じ学年の生徒と同じ寮の生徒以外との交流は無く、クラウスの憧れの彼は学年・寮共に別なのだ。
全校生徒が一堂に会するのが、ミサしか無くそのミサ自体も一週間に一度だけしか行われない。
おまけに、彼はサボりぐせが酷く、ミサにいる方が珍しいほどだ。ミサに参加していたとしても眠っていたり途中で勝手に帰ってしまったりして直接話す機会というのもなかなか無い。
クラウスは毎回お洒落をして決心して行くのに、彼自体がいない事が多く、無駄骨に終わるのだった。
「今日こそ、ファッグにしてくださいって言うんだ…!」
ロココ風の鏡を見つめて自分の顔を入念にチェックする。彼の事を考えるだけで胸が高なる。
恋愛感情なのかと言われると分からないが、彼に何かされると想像しても嫌な気持ちはしなかった。憧れの領域をあくまで出ない範囲ではあるが、彼が望むなら、と言ったところだろうか。
彼との出会いは単純で、兄弟制度を申し込まれそれを断ったせいで逆上した上級生に乱暴されているところを助けてもらったのだ。上級生を軽く倒した後、泣きじゃくっている自分をいとも簡単に抱き上げて部屋まで連れて行ってくれたのが、まあなんとかっこよかったことか。
それからというもの、気づけばその彼の事ばかり目で追うようになったのだ。妙に監督生と仲良いことも調査済みだったし、深夜に寮を抜け出して町に行っていることも知っている。校則で禁止されているのにお酒も煙草もする。俗にいう「不良」というものだという事を教えてもらったが、御坊ちゃまとして育ったクラウスにはそれが新鮮だった。
ミサの予鈴が鐘撞堂から聞こえてくる。
出会いを思い出していたクラウスは我に返って慌ててお気に入りのおでこ履に足を突っ込むと、自室を後にした。
別室だが仲のいいアスランと合流すると、巻き毛を弄りながらアスランが耳打ちしてくる。
「さっき、彼、居たよ」
「え!」
「礼拝堂の方に歩いてたから、ミサにいると思う。」
おっとりとしたアスランが目尻を垂れさせながら嬉しそうに教えてくれる言葉に、心臓は高鳴っていき、急に不安になった。
「言えるかな…顔見たら、僕胸がいっぱいになっちゃいそう。」
「そこはクルゥが頑張らなきゃ〜」
「う〜」
眉を下げて不安げなクラウスの頭を少し背の高いアスランがよしよしと撫でてあげた。

薔薇と脳髄の向こう

感嘆と共感と畏怖。共に彼岸へ向かおう。