あの子

教室の狭苦しい窓の外は土砂降りの雨だった。
教室の一番後ろ、窓際の席からウィリアムはその雨をじっと眺めている。鼻に付く湿った香りと雨粒が窓に当たる音だけを感じて授業の話など1つも聞いていない。
慣れたもので教師の方もそんな彼に何も言う事をしない。
軽やかなチャイムが中庭の鐘から雨音に混じって聞こえてくると、授業が終わり黙ったまま黒板をにらんでいた少年たちがざわめきだした。
そんな中でもウィリアムは外の音が聞こえていないのか微動だにしない。ただ外を見つめて黄昏たままだった。
しかし、昼食の時間だと気付かされると机に乗せていた脚を退けてゆっくりと立ち上がった。
昼時の学食は酷く混み合っている。
長机にずらりと並べられた椅子を各々陣取って好きな様に食事を摂るのが常だ。
これといって拘りのないウィリアムは空いていた部屋の真ん中あたりの席についた。
「ウィル、最近サボっていないな」
「まあね、部屋で暇してるのも飽きたから」
向かい合った右斜め前の席から話しかけてきたのはトーマスだ。そばかすの散った鼻先をひくつかせながら人懐っこい笑みを浮かべる。ウィリアムとは同じ学年の、少し変わった生徒だ。
「相変わらずだなぁ...なあ、そういえばルドルフは最近どうだ?」
「ルル?」
ルドルフ、と名前が出ては少しだけ眉を上げて声を潜めた。
「そう、最近見かけないから」
「さあ?俺も見かけてないよ」
「ウィルに随分懐いていたじゃないか」
「ルルはそういうやつじゃないさ...どうせまた良い上級生でも捕まえてるんだろう」
自分でこう言っておいて少しだけ後悔した。この言い方じゃあ、ほかの上級生と自分が同じ立場の様に聞こえてしまう。
「ウィリアム、お前もあの魔性にやられたのか...?」
案の定、心配していた捉え方をされた様で深くため息をついた。
「違うさ、トーマス....君が考えている様な事、俺とあいつにはないさ」
めんどくさそうに前髪かき上げながら言うウィリアムを見てトーマスはしまった、と少し反省した。
「大体、ルルは俺みたいな面倒くさい奴を取り込もうとはしないだろうよ」
「ぼくがなに?」
可憐な、まだ声変わりもしていない様な声が真後ろからした。振り向かなくとも解る。肩をすくめたまま態とらしくそちらを向かずにウィリアムは言う。
「俺はお前の好みじゃないって話」
「そうかな?ぼくは、ウィルの事好きだけどね」
食えないやつだな、と心の中で呟くと今度は振り向いてやった。
きらきらと光る金の髪がふわりとした巻き毛になっていて人形の様な顔を包み込んでいる。深いブルーの瞳がじっとこちらを見つめていた。
「人気者のお前に好きだって言われて俺は幸せもんだな」
嫌味っぽく言うが、ルドルフには届いていない様だった。
「人気者のウィルを悦ばせられて嬉しいよ」
ふっと青い眼が柔らかくなると盗み見ていた周りの生徒が感嘆を漏らしているのがよくわかった。
面倒臭くなったウィリアムが何も言わなくなると、ルドルフはくるりと背中向けて去って行った。その背中を追う様に生徒の何人かが立ち上がる。
見送るのも不毛に思ったウィリアムは残りのスープを飲んでしまおうとテーブルに向き合う。
「ルドルフと良くあんな風に話せるよなあ、僕だったら、目も合わせられないぜ」
「慣れだろ」
残りのくるみパンを口に押し込むとそれをスープで胃に流し込んだ。
ごくりと喉を鳴らして胃袋が満たされると、口元を軽くスカーフで拭う。
「ウィリアムはなんというか、達観してるよなあ」
「よく言われる」
たしかに、ルドルフのあの見た目に惑わされている生徒はかなりいる事だろう。実際、言い寄られている場面しか見ない。そんな所を“むしゃくしゃしていた”という理由だけで助けて、(今思えば彼を助けるために喧嘩したかの様になってしまっている)それから暫くの間は懐かれていたのだった。
いくつか年下のルドルフだが、入学した時から大層注目されていて、成績も良く少しばかり高飛車だがそこが良いと大人気だ。
もちろん、それだけじゃなく良くない噂も聞くがウィリアムは全く年下の可愛い少年に興味はなかった。
ただ、揺れる金髪と深い青の瞳がどうしても彼と同じように思えて仕方なかったのである。

薔薇と脳髄の向こう

感嘆と共感と畏怖。共に彼岸へ向かおう。