降らない雨は無いものだ
「忌々しい」
夏の日。だらだらと吹き出てくる汗が頬を伝い、ぽたりと落ちてアスファルトに小さなしみを作った。それを踏みつけて僕は急勾配の坂道へ、陰鬱な気持ちになりながらも足を進めている。てっぺんからずいぶん傾いている日の光は未だに容赦ない。
ジワジワとうるさい蝉の声のせいで余計に暑さが増長している気がする。行く先を見つめるとアスファルトからゆらゆらと透明な湯気が出ているのが見える。これが蜃気楼というのだったっけ。
照りかえってきた日光のせいで干物にでもなったような気分だ。流れる汗が引く様子もなく、背中のほうも伝っていくのを感じた。
このまま身体の全水分が流れ出しかねない。
「暑い…」
何気なく口に出して、後悔した。言わずにはいられなかったけれど、言葉にすることによってより一層暑さが際立ってしまったように感じる。失敗だ。
手の甲で顎の先に雫を作っていた汗をぬぐうと、細かい飛沫がもわっとした空気の中に散っていく。
夏は、日が長い。そのせいで、学校から帰ってくるこの時間になってもまだ暑さが引くことは無い。冬と夏の日照時間、逆にすべきだろう。夏は暑いのだから、早く日が落ちて涼しくなるべきだと思う。反対に、冬は寒いのだから日が長くて暖かい時間を増やすべきだ。こんなことを、夏と冬になると毎年考えてしまう。
いずれにせよ、地球はどうにかしている。
纏わりついてくる熱気と息を吸うたびに入ってくる熱い空気に頭が朦朧としている。そのせいで、そんなことばかりを考えてしまうのだ。
重い足取りのまま、一歩一歩踏みしめながら坂の上にある自宅を目指す。
こうなってくると、坂の上にある自宅にすら不満を抱くようになってしまう。
駄目だ。負の連鎖だ。考えるのをやめよう。
余計なことを考えるのは良くない、暑さが増すだけだと判断して足元に目を落として無心で歩みを進める。長い間履いている革靴は内側の部分が少しだけすり減っている。よく見たら、制服のズボンのすそにも何かの汚れがついている。あとで洗濯しなくては。
わざと自分の思考回路を全く別の方向にもっていくが、それはそれで自分を誤魔化しきれずにいる。
急勾配の坂道には、いくつになっても慣れない。
真ん中あたりまで登ってくると、いつも息が上がってしまう。
一息つこうと膝に手をつき、肩で息をすると、再び顎から汗が垂れてアスファルトの色を変えた。前髪からも雫が垂れる。びっしょりと汗を吸ったシャツが地肌に張り付いてきて煩わしい。昔はきちんと綿素材の、男子用のタンクトップを着ていたけれど、最近はもうそれも面倒になって着ていない。若干肌色が透けているような気がして、少しだけ恥ずかしい。まあ周りには誰もいないのだが。
母親はきちんと肌着を身につけなさいというけれども、周りの生徒は着ていないし、この年になっても親に言われるがままなのもどうかなあ、という微妙な反抗心で僕も着るのをやめてしまった。いつもそうなのだ。周りに適当に合わせて、僕自身の意思はそこには働かない。そんな自分が嫌だと思うけれど、かれこれ17年近くそうやってきたから今更どう変えたらいいのかわからないでいる。
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