純白と灰色
そろそろ来る時間か、とアンティークの時計がてっぺんを指すあたりで深く息を吐く。
もう慣れた事だ。
朝が来て夜が来て...そういうことと同じなのだ。ただ巡ってくるだけなのだ。
しかしそれが習慣になってしまった自分に些か嫌気がさす。本当なら罰さなければならない相手だというのに、ただこの人生で唯一の汚点を知られてしまったからそれが出来ないでいる。知られたのが彼奴でなければ。
そう思う反面、彼奴で良かったとも思う自分がどこかにいる。
そんな自分が嫌になる。
そろそろだ。
逡巡しているうちに、背後の窓の開く音がした。
「不用心だな」
「君とコソ泥以外に窓から出入りする者は居ないよ。....」
「嗚呼そう。じゃあコソ泥じゃなくて良かったな。」
嫌味ったらしい言葉にももう慣れた。冬の冷たい空気がゆるりと流れ込んで足元を冷やす。
「空気が冷える。窓を閉めてくれないか」
「出て行けとは言わないんだな。」
「言ったら出ていくのか?」
「さぁね」
本当に食えないやつだ。こいつの前では、あっさりと仮面を剥がされる。18年間、ずっと剥がされることのなかった仮面が。
嫌そうに深くため息を吐くと、彼が入ってくる気配がした。
パタリと窓が閉じられる。
はためいていたカーテンも静かになり、室内には再び静寂が訪れた。
微かな衣摺れの音をさせて彼はまるで自室かのようにベッドの上に座る。
シュ,と軽やかな音がしたと思ったらリンの香りが鼻についた。追って、焦げる匂い。
「誰が煙草を吸っていいと言った?」
「あは、駄目なの?じゃあ机の上から三つ目の引き出し開けてよ」
「.......」
いつもそうだ。何故此奴は全部わかっているのだろう。自分の思い通りにいかない存在をどう扱ったらいいのかわからない。
「一本どう?マルボロだよ」
「.....君が唆したんだ、僕の意思じゃない」
「はいはい、優等生様は大変だね。煙草一本好きに吸えないんだもんなあ。」
「君とは違うからな。」
「....俺のせいにしたら良いよ、ヴィンス」
受け取った煙草を口に咥え、少し身を屈めると彼の唇から伸びた煙草の先端を合わせる。軽く息を吸い込むと彼の煙草から火が移った。
身を戻して深呼吸と同時に吸い込むと、なんだか落ち着くような気がする。背を焼くような後悔とじわりと広がる罪悪感に気づかないふりをした。
「俺より慣れてる」
「まあな」
二本の細い煙が蝋燭の光の中を漂った。
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