それぞれの
酷い気分で学園に戻ってきた。
彼が悪いわけではないのに、どうしてこうも上手くいかないのだろう。
誰かの優しさに触れることに怯えている。
それがウィリアムの優しさなら、尚更恐ろしい。
「僕は、自分を許してはいけないんだ」
少しでも気持ちが緩んでしまえば、元に戻ることは出来ない。
よろける足取りで寮の自室に戻り、ベッドに身を投げた。
しなければならない仕事のことを考えながら、別の頭ではウィリアムの悲しそうな顔を思い出してしまっていた。
「ヴィンセント君、良いかね」
部屋のドアがノックされる。その声は教頭先生だろう。
「はい」
すぐさまベッドから身を起こし、軽く身だしなみを整えてからドアを開けた。
「教員の方でね、罰則と手帳の整理は終わらせられたから今日はゆっくり休んでおくれ」
「そうですか」
「顔色が悪いようだが、大丈夫かい?」
教頭が心配そうにヴィンセントの顔を覗き込んだ。
「はい、ご心配には及びません」
貼りついた笑みを浮かべて、愛想よく答えた。
「ならいいが。では」
重い扉が閉まる。昼過ぎだというのに、部屋の中が妙に暗く感じた。
ベッドへ戻るときに、ベッドサイドに置いた手紙を見てしまった。
軍人に育て上げたかったと、悔やむ言葉ばかり綴られた手紙。
軍人となった兄を称賛するだけの手紙。
ヴィンセントのことについては殆ど書かれていない手紙。
家の期待に応えられない自分が、ずっと嫌いだ。
ヴィンセントは憎々しげに思うように動かない足を睨みつけた。
自分がお節介を焼いた自覚はあるし、それで彼を傷つけたのも事実だ。
だけど少しくらい感謝してくれてもいいじゃないか。
そんなことを思いながらウィルはホテルを出た。
しかし、怒りはそう長続きしない。ヴィンセントの悲しそうな寝顔を思えば、本人に直接怒る気も起きなかった。
大通りから少し入った路地で、煙草に火をつけた。
ロンドンの春空に煙草の煙が上っていく。ゆらゆらと舞って、すぐに消えた。
「あ、ウィル先輩‥‥‥」
名前を呼ばれてそちらを向くと、茶色いチェックのセットアップを着たリスのような少年が立っていた。
「あ、ミサの子」
「ク、クラウスです」
目を丸くして少年が肩をすくめる。
「クラウス。どうしたのこんなところで」
「ぼ、ぼくおうちがこの辺なんです。今から寮に帰るところで‥‥‥」
よく見れば大きなトランクと紙袋を持っている。親にお土産でも貰ったのだろうか。
「そうなんだ?」
ロンドンの大通りから喧騒が響いてくる。
「ウィル先輩は?」
「ホテルから出てきたところ」
勘違いさせそうな言い方をしてしまった気がする。
案の定、クラウスは少し頬を赤らめた。しかし、すぐに顔を上げた。
「もし寮に戻るのであればお供させてください!」
ウィルは唐突な申し出に驚きつつ、自分も今はひとりでいたくないと思えば首を縦に振った。
「いいよ。ほら、それ持ってやるよ」
クラウスが握っていたトランクをひょいと取り上げ、靴裏で煙草を消す。
「あ、ありがとうございます」
照れくさそうな笑顔を見せてクラウスは頭を下げた。
――このくらい素直ならいいのにな。
結局、ヴィンセントのことを考えてしまって自分が嫌になった。
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