夢物語1

とある作品の、とある人物との夢物語。


すごい熱量だった。今までみた、どんなライブより、どんな人より、熱くて、僕は体の奥から燃え上がるような感覚を味わった。狭いライブ会場の中で女の子の叫びと楽器の重い爆音が密集して今にも耳が壊れそうだ。挑発的で爆発的なサウンド。そしてこの音楽と熱狂の王は、ステージの上にいる彼だった。どこか陰のある瞳をぎらつかせてマイクに食らいつく彼が、僕の王様にもなった瞬間だった。

彼との出会いは、いや、僕が彼を知ったのは、入学前のライブだった。

そして、僕の心を一瞬で奪った彼が学園の生徒会長だと知ったのは入学式の時にあいさつしたのを見てからだった。

僕の入学したこの学園は、「アイドル育成」に力を入れた特殊な学園だ。野望や、純粋な気持ちを抱えたまま皆ここへ集う。いわば、業界への登竜門でもあったのだ。

僕はというと、どちらかというならネガティブな気持ちで入学を決めていた。自分の容姿に自信なんてもちろんないし、できれば目立たないようにして生涯を終えたいとすら思っている。同じ中学からここへ入学する友人に引っ張られて先日のライブに行き、少しだけ学園生活が楽しみになったというのは僕の中だけでとどめておこうと思っている。

入学式から半月ほど経ち。

僕は入部届を担任に提出しそびれて、直接生徒会室にもっていかなければならない羽目になった。提出が遅れた理由としては、入部する部活をだらだらと迷っていたからだ。

軽音部と演劇部で迷っていた。演劇は前からやっていて、それを続けたいという気持ちもあった。しかし、僕の王様…朔間零先輩は、軽音部に入っていた。軽音部で迷っているのは、もちろん朔間先輩だけが理由ではなくて、アイドルを目指すなら楽器ができたほうがいいんじゃないかと思ったからだ。

でも結局、新しいことに手を出すのは怖くて、というか朔間先輩に近すぎるのが怖くて(もちろんいい意味で)演劇部にした。

仮入部もしないでだらだら迷っていたら、提出期限過ぎていたというわけだ。

終礼も終わって、遠くから運動部の掛け声を聞きながら夕日のさす廊下をとぼとぼ一人で歩いて生徒会室へ向かった。生徒会室は、近寄りがたい雰囲気があったし、新入生一人で行くような場所じゃないと思う。自業自得なのだが、いやな気持になりながら向かう。

白いプレートにゴシック体で「生徒会室」と書かれた教室表示を見て足を止める。一呼吸おいてから、ドアに手をかけた。

ドアを開けたことによって室内に閉じ込められていた空気が一気に流れ出す。バサバサと、カーテンが揺れる音がした。僕はうわ、と小さく声をあげて手でメガネが飛ばないように抑える。何かの資料の紙が視界の端で舞った。

恐る恐る顔をあげる。部屋の電気はついていなかった。

三メートルほど開けて大きなデスクがあった。デスクの奥には空をはめ込んだ窓。紅色のカーテンがまだ揺らめいていた。床には先ほどの風で飛んだであろう紙が散乱してしまっていた。

一瞬、誰もいないのかと思った。しかしよく見ると、窓の光で逆光になっているけれど、デスクと窓の間に、背もたれの高い椅子がある。そしてその中に、闇に溶けるようにしてピアスが光った。

「最近のガキは躾がなってねえな。ノックくらいしろよ」

低い声が飛んでくる。僕は肉食獣に睨まれたかのように縮み上がって小さな声で謝罪した。でも、その一声で、そこにいるのが誰なのかすぐにわかった。まっすぐ見られない。視線を足元に落とした。頬がだんだん熱くなってくる。

「で?何の用だよ。」

「……入部届を出しに来ました。」

緊張で震えて声がうまく出ない。蚤の心臓を恨んだ。

「声ちっせーな。ハイハイ、入部届ね。寄越しな。」

彼が、手を差し出す。少しだけ身も乗り出した。白い肌が逆光の中から照らし出されて、まぶしい。恐る恐るデスクのほうへ近づき、できるだけ僕のこの動悸が気づかれないよう、目を見られないようにして紙を差し出す。

「へー演劇部ね。渉によく言っといてやるよ。」

僕はうまく言葉が見つからなくて黙ってお辞儀するしかできなかった。僕が手を引っ込めようとすると、朔間先輩が僕の手首をつかんで引き寄せた。

見ないようにしてたのに、引っ張られたことによって体制を崩して前に乗り出す形になった。朔間先輩と、目が合ってしまった。すべて見透かすような目で、僕を射抜いた。

きれいなきれいな顔を近くで見て、僕は心臓の音がうるさくてたまらなかった。

朔間先輩の赤い唇の端が上がる。曲線を描いて弧を描く。目も細くなった。

「次俺と会ったらちゃんと目を見て話すこと。わかったかメガネ」

僕は何度も何度もうなずいた。しばらく僕を観察した後、朔間先輩はやっと手を放してくれたのだった。

薔薇と脳髄の向こう

感嘆と共感と畏怖。共に彼岸へ向かおう。