6:夜明けのアジタート【R18】

朝6時、とりわけ急ぎでもない編曲作業も終盤に差し掛かった。

このくらいの曲をクライアントの希望通りに纏めるのなんて集中すれば数時間で終わるというのに、ただ気を紛らわせたかったという理由だけでだらだら一晩もかけてしまった。

カーテンも閉めずに作業していたせいで、朝日が容赦なく差し込んでくる。

響紀は付けていたヘッドフォンを外した。

電子音をずっと聞いていたからか、遠くから聞こえる鳥の声とマンション下の道路を通るバイクの音が妙に新鮮だった。

響紀が気を紛らわせたいことなんて、ひとつしかない。

れおのことだ。

恋人でもなければ家族でもない、ただルームシェアをしている友人同士の、名前のない関係性ではあるものの、一晩連絡が返ってこないというのは心配になる。

いや、ただ心配になるだけではない。

れおの奔放な性格と隙だらけの行動のせいで他の誰かに手を出されていたら、と考えてしまってだめだ。

これは嫉妬なのか、束縛なのか、それとももっと他の何かなのか。

感情に名前を付けてしまったら、駄目だと思う。

今までも何度もそういうことはあったし、恋人でもない自分が咎めることでもないと思ってはいるが、我慢できなくなる。

12年募らせた想いは確実に年を重ねるごとに大きくなっている。

もう我慢したのだから、もうこれ以上我慢できない、早く自分だけのものにしたい。

前頭葉が重くなってくる。寝不足と、れおが一晩何をしていたのか考えるだけでズキズキと頭と心が痛む。

すっかり明るくなった仕事部屋の椅子にもたれ掛かり、細く息を吐いた。

ちらりと机の上に投げ出したスマホを見るが、通知は光っていない。

なんとなくSNSを開いてれおのアカウントを見るが、特に更新はされていなかった。

女々しい自分が嫌になってスマホを机に放る。

「なにやってんだよ俺」

深くため息をついて、作業をしていたパソコンの電源をオフにした。

ぐ、と両手を挙げて伸びをして、スマホを掴んで仕事部屋を後にする。

さっさと眠ってしまおう。

寝て起きたら、どうせいつも通りの顔してれおはリビングにいるだろう。

煮詰まった考えを放棄して出来るだけ自分の気持ちが楽なように思考を転換する。

寝室に入ろうとしたとき、ちょうど玄関のドアが開いた。

ピンク色の頭が覗き、れおが音を立てないようにして入ってくる。

「あれ、響紀寝てなかったの」

玄関に入るや否や驚いた顔でれおが問いかけてくる。

まさか響紀が起きているとは思わなかったようだ。

それにしても。

オールして出かけているときのれおは大体誰かと飲み会をしていることが多いが、一晩中飲んでいたにしては髪も肌も艶が良い。

嫌な予感がする。

響紀は眉をひそめた。

「起きてた」

「仕事?無理しちゃだめだよぉ」

靴を脱ぎながら首をかしげるれおの顔を見て、誰のせいで、と心の中で悪態をつく。

「お腹空いたな~なんかある?」

こちらの気も知らないでれおが無邪気に笑い、リビングの方へ向かう。

鼻先を、知らないシャンプーの匂いが通り過ぎた。

寝不足も手伝って理性の糸が張り詰めて切れそうだ。

「京司」

れおの腕を掴んで引き寄せる。驚いた顔でれおが見上げている。

「な、なに?どうしたの響紀」

「どこいたの」

「ど、どこって言われても…」

流石のれおも、誰かとホテルに居たというのは憚られるらしい。

困ったような顔で言い淀んでいる。

「ホテル?」

「…う、うん」

「誰と?」

「響紀知らない人だよ…」

「ふーん」

「手、痛いよぉ」

れおが僅かに抵抗して、逃れようとする。その動きでTシャツの胸元がずれて、赤い吸い痕が覗く。

響紀の中で何かが切れた。

「お前ふざけんなよ」

細い顎を掴んで強引に引き寄せてそのまま唇を落とす。

無理矢理舌をねじ込み、上顎の内側をなぞっていく。

乱暴な口づけに一瞬れおは抵抗を見せたが、舌が絡み合うとすぐに頭の奥が麻痺してだらりと身体の力が抜けていく。

「ほんとキス弱いよな」

「ん…ぅ」

唇を離すと蕩けた顔でれおが見上げた。

数時間前もこんな顔で誰かにねだったのだろうか。

胸の奥にどろりとした感情が湧く。

「エロい顔してんじゃねーよ」

物欲しげな唇にもう一度口づけを落とす。後頭部に腕を回して、逃げられないように抱き寄せながら、脳の奥まで届きそうなくらい深い口付けをする。

「どこ触らせた?」

れおの痺れる脳に、響紀の声が響く。

「ン…いろんなとこ」

「ちゃんと言え」

はぐらかそうとするれおの尻を軽く叩く。びくりと身体を震わせてから、響紀の肩口に顔をうずめた。

もうれおはあまりものを考えられなくなっている。響紀にはやく触って欲しい、蕩ける頭でそればかりがぐるぐると回っている。

「あっ…む、むね」

響紀の手がTシャツの中へ入ってくる。すべすべしたれおの肌をなぞり、服の上からでもわかるほど隆起した胸の飾りへ触れた。

「んっ…ひびき」

カリ、と爪で弾くとれおが甘い声を出す。

「ひびき、ちくびきもちい」

「今日寝たやつにもそうやって言ったわけ?」

胸の飾りをぎゅっと指先でつまむとれおの身体がまた揺れた。

「あっあっ、い、いってない」

「嘘つくなよ」

「んっ…いった、いったけど」

「けどなに」

「ひびきのほうがきもちい」

「お前さぁ…」

眉をひそめて身体に力が入らなくなっているれおの顔を持ち上げ、唇を奪う。

舌同士を絡め合わせて唇を離すとどちらのものかわからない唾液がぷつりと切れた。

「あーもう無理」

響紀はれおを玄関の壁に押し付けてその首元に噛みついた。

「あ、んっ」

くっきりとついた歯型をぬるりと舌で舐めてから服の裾をまくる。

自分がつけた記憶がない吸い痕がいくつか残る肌の上で、ぷっくりと腫れた乳首が誘っている。

かぶりつくようにしてその突起を吸い上げるとれおは身をよじらせた。

「ひびきっ」

甘い声で名前を呼び、胸元にある響紀の髪をさらりと撫でる。響紀が音を立て、わざと見えるようにして舌を這わせている。

舌先で光るピアスが余計に刺激を与えている。

舌で胸の飾りを刺激されてゾクゾクと背中が粟立つ。

身体はしびれているけれど、物足りない。

響紀の熱っぽい瞳がれおをじっと見つめた。

れおをこんな風に快がらせるのは自分だけでいいとも思う。

少し触っただけで、少し耳元でささやいただけでわかりやすく気持ちよくなりたがる。

これだけ快楽に弱いと心配になる。

「ん、ひびき」

ピアスがいくつもついた響紀の耳をれおが撫でた。

「なに」

「ひびき、もっとさわって」

「触ってるけど」

「ちゃんと、ちゃんとしてよぉ、おっぱいばっかりじゃなくてぇ」

「どこ触ってほしいの」

「んぅ、し、下も触ってぇ」

「ん」

快楽から来る涙をこぼしてれおがねだる。

再び口づけを落として、響紀は片手で器用にれおのベルトを外していく。

ズボンを下へずらすとド派手な色のパンツが現れた。

ピンクのヒョウ柄のパンツの上からでも分かるほどれおのそれは張り詰めて染みを作っている。

「もうこんなになってんの?」

響紀の骨張った手が下へ伸びた。

手の甲でツゥ、と撫でるだけで甘い声を出す。

「ひびき、ひびき...!」

その声に煽られてますます響紀は、愛おしい衝動と他の男にも抱かれたことへの嫉妬が高まっていく。

「煽ってんじゃねえよ」

強引に唇を奪い、貪るようにして舌を絡ませていきながら、前ではなく臀部へと手を回す。

溺れるような口付けを必死に受けながられおは身体に力が入らなくなっていた。

パンツの下へ潜り込ませ、割れ目に指を這わせると、すでにそこは柔らかい。

「さっきまで抱かれてたの?解さなくても良いレベルなんだけど」

わざわざ聞かなければいいのに、と自分でも思うのだが、聞かないと気が済まない。聞きたくもないことを。

「ん、う......っ...ひびきっはやく」

「あ?ちゃんと答えろよ。ついさっきまで抱かれてたのかって聞いてんだけど」

快楽ばかり求めて質問に答えないれおにイラついて、軽く胸の桜色の突起を摘んだ。

れおが甘い声をあげた。

「あん、や、いじわる...ん...っだ、だかれてたぁ」

「チッ」

聞かなきゃよかった。優しくしたいのに、もうそんな余裕はない。

れおのパンツをずり下ろし、涎を垂らしながら唇を重ねてくるれおに応えながら自分のズボンもずらす。

こんなに嫉妬で狂いそうなのに、れおの蕩けた顔を見てこれだけ欲情する自分もどうかと思う。

もうすっかり硬くなったものをれおの其処に当てると、早く欲しいと言わんばかりに収縮しているのがわかった。

どこまでも淫らな挙動に湧き上がるものが溢れて溶けてしまいそうだ。

もう限界だと言わんばかりに、れおの中に押し進めていく。れおが艶声を上げながら響紀の首に顔を埋め、背中に爪を立てる。

鋭い痛みが妙に心地よい。

「ひびきっ」

耳元で息荒く名前を呼ばれ、我慢できない。

僅かに残る理性でできる限り丁寧にしていたつもりだが、もう無理だ。

残りを根元まで無理矢理押し込むとれおの体が痙攣した。

軽く腰を動かして奥を突く。

甘い喘ぎが浅く玄関に響いている。

れおは涙を流しながら「ひびきっもっとぉ」とねだった。

体を重ねる関係になってからもう随分経つが、れおに飽きることなどない。むしろまだ足りないくらいだ。

「京司えろすぎ」

無意識で煽るようなことを言っているのか、それともわざとやっているのかはわからない。

快楽でぐしゃぐしゃになった顔で切なそうに名前を呼ばれてしまっては、欲を抑えられるはずもない。

肌のぶつかる音が玄関に満ちる。それに合わせて断片的な浅いれおの喘ぎが重なる。

壁に押し付けられたれおは逃げ場もなく響紀に身体を預けた。

片足を持ち上げてより深い場所をえぐっていく。

「ひびきっいっちゃぅ...っ!」

響紀の動きがより良いところを擦るとれおが切ない声を出した。

「いいよ、イけよ」

耳元で低く囁く。

「んうっひびきぃ、ひびきすきぃっ...!」

れおの身体が痙攣したあと弛緩する。まだ息は荒い。

吐き出したものがお互いのズボンに白濁の染みを描いていた。

ぐったりと身体を預け、肩で呼吸をしているれおの唇を奪いながら響紀は再び腰を動かす。

「あっ待っ、ひびきっ...おれイッた、イッたからぁ...!」

「俺はまだイッてないんだけど」

れおはそういっているが、白を吐き出したそれは再び硬さを帯びてきている。

「まってっまってぇ」

れおの言葉を無視して、好きなように動く。

先ほどより深い位置で中を擦り、喘ぐ口を何度も塞ぐ。

れおはもう何も考えられない。

喘ぐ声もますます高くなっていった。

「かわい」

自分の動きに敏感に反応し、自分の言葉に翻弄されて、自分のもので気持ちよくなっているれおが愛おしい。

顔も知らないれおのセフレにざまあみろと思う。

れおは結局最後には自分の腕の中で快がるのだ。

れおはもうされるがまま、響紀にもたれかかって享受している。

「んっんっひびきっ」

れおは吐息と共に何度も名前を呼ぶ。

なぜ京司は俺だけにしてくれないのだろう。突然そんなことがよぎってしまった。

極度の寂しがり屋の彼に構いきれない自分が悪いのかもしれない。

そんな考えを払拭するように最後へ向けて腰の動きを早めていく。

既に何度か達しているれおがより高い声を出した。

「ひびきすきぃっ」

その言葉が、行為の時だけじゃなくて本心だったらいいのに。

「ん…」

響紀は小さく吐息をついてから、れおの中で達する。

全てを上書きするように。

普段なられおの身体のことを思ってこんなことはしないのに、余裕がなかった。

肩を上下させてれおを抱きしめるとお互い随分と汗ばんでいたことに気づく。

れおが響紀の胸元に顔をうずめて、深く息を吸った。

「ちょ、」

「ひびきのにおい、おちつく」

「‥‥‥汗かいてるんだけど」

「だからひびきのにおいがするんだって~」

先程までの乱れ方が嘘だったかのように無邪気な顔でれおがそう言った。

本当は、夜遅くなる時は連絡しろとか、あんまりふらふらするなとか、他の男に会うなとか言いたいことはたくさんある。でもそれも全部飲み込んで響紀はもう一度れおに軽いキスを落とした。満たされたような、拍子抜けしたような、何とも言えない気持ちだ。

「風呂入るか」

「うん~」

嫉妬心も怒りもれおのこの顔を見れば全部どうでもよくなる。

本当に自分は京司に甘い。その自覚は12年間ずっとある。

薔薇と脳髄の向こう

感嘆と共感と畏怖。共に彼岸へ向かおう。