4:新宿センセーション
長いことハグオバの追っかけやってきたけど、こんなにヤバい場面に遭遇したのはぶっちゃけ初めてかも。
とりあえず、今目の前で推し同士がセックスしてる。
流石に頭の中わけわかんないことになってる。
え、マジで?
私は、ごくりと唾を飲み込んだ。
バンドをいくつか追っかけて、最終的にたどり着いたHangover。
きっかけは、SNSで流れてきた推しの演奏動画だったと思う。
近い日付でライブやるってなってたから見に行って、熱量と音に飲み込まれて、私がハグオバに落ちるまでは1分もかからなかった。
インディーズにしては結構活動的だし、音楽センスもいいし、ビジュアルもいいし、マジいくら使ったかわかんないくらいはまってる。
私の推しはベースのれおぴと、ドラムの響紀なんだけど、ついこの間れおぴが脱退しちゃった。
マジでメンタルいかれそう。
れおぴの卒業ライブが終わって、ぽっかり胸に穴が開いちゃって、もう追っかけるのやめようかなって思ってたんだけど。
3人になったけどライブやるって前向きな告知見て、私もやっぱ応援しよう、響紀かっこいいし、ファンの友達も増えたし、見に行こってなって。
れおぴが脱退したハグオバ見るの辛いけど、やっぱりハグオバ好きだなって自覚した。
3ピースでいつもやる曲と新曲出してくれたけどベースは多分DTM音源かなんかっぽくて、音楽に詳しいわけじゃないけど私はちょっとだけ寂しい。
薄暗い会場をの中で聞えた「あれ、れお見に来てね?」って言葉にちょっとだけ期待しながら、しばらくSNSも更新しない推しの姿を探してみちゃったりして。
そんな都合よく会えるわけないよね、なんて自嘲して、脱退しちゃった理由知りたいけど知りたくないような気がして、複雑な気持ち。
れおぴの脱退は傷害事件がきっかけじゃないかなんて言われてるけど、ハグオバから詳しく言及されることはなかった。
やるせないよね。もしファン同士のあのいざこざが原因なんだとしたらあのオタク女牢屋にぶち込んでれお復活させてほしい。
「れお居ないとやっぱさびしいわ」
「颯もなんか元気なかったっぽくね」
一緒にライブを見に来た陽花里とめいの言葉に頷くしかできない。
「まじむり、れおぴなんで脱退したん」
レモンハイに口をつけながら、対バンの良く知らないバンドを後方で眺める。
めいはSNSを開いて検索している。今日のライブの同担チェックがめいのルーティンだ。
「げ、うざい理一担いるんだけど」
「ウケる、ころすしか~」
陽花里が冗談めかしてそう言った。
「ねー、今日の颯くそかわなんだが?」
陽花里は颯推し。マメにSNS更新してくれる颯の自撮りを片っ端から保存している。
私もつられて響紀のSNSを開くが、ストーリーに投稿されているのは17時間前の食事の写真だけ。
「はー、ひびきゅんマジまめに更新して~てか顔載せろや、顔面国宝男がよ~~」
「響紀が顔マメに上げだしたらヤバい女増えるから」
「自撮りとか上げだしたら萎える」
響紀は塩対応だからいい。マジでそれ。
自分のプロフィール欄に載せたもう一つのIDをタップする。
こちらはストーリーの更新すら無い。
「れおぴはれおぴで全然更新しなくてマジで心配なんだが…」
「あんな頻繁に自撮り載せてたのにね」
「それ、こちとられおぴのキャワ顔見たくて生きてたのに」
「ここまで更新ないと病みまくってそう」
「むり、すこやかに生きてほしいが?」
「それはそう」
は~、とため息を吐いてもすぐに会場の音楽に飲み込まれていく。
「え?やっぱワンチャンここいるかもよ」
めいが検索したつぶやきを見せてくる。
『元ハグオバのれおが多分対バン見に来てる。かわいい』
「は?会いたすぎ」
いくら傾斜があるハコとはいえ、この薄暗さと密集具合じゃ探しようはないけど、心のどこかで会えたらいいな、なんて思う。
知らないバンドが、「次で最後の曲です」と言い出した。
「あ、混む前にトイレ行ってくる」
めいにレモンサワーを渡し、会場を出る。
重めの扉が閉まると、突然音が遠くなった。ロビーには酒を新しく買いに来た人たちが何人かいる。こっそりピンク色の髪の毛が紛れていないか探しちゃうけど、流石にそんな都合よくいるわけないよね。
女子トイレの前に行ったら、「清掃中」札がかかっている。その横に、「舞台裏付近の兼用トイレをご利用ください」とも書いてある。
たまにあるんだよねー、このハコ。基本このトイレが使えるんだけど、曲中とかだと出演者とかも使うトイレに行けって言われんの。
別にいいんだけど、男女兼用だと男性が入ってないか気使うからやなんだよなあ。
こちらの裏手トイレの方に来ると全く人気がなくなる。会場からの音漏れのおかげでそこまで淋しさは感じないけど。
先客が居ませんように、と祈りながら一つ目のドアを開けて、もう一つのドアの隙間から覗く。
「え?」
いや、マジで?響紀マジ?
隙間から覗く、最高に綺麗な横顔が、少しだけ歪んでいる。
音漏れの重低音に混じって僅かに聞える肌がぶつかり合う音に頭の中がパニックになる。
待って、相手は?ファンとかじゃないよね?え?無理なんだけど。
短い息が漏れている。
「あっ、ひびき…っ♡」
「…あんま声出すな」
は?その声まってマジ?嘘でしょ。
もう少しだけドアの隙間を広げて、相手を見る。
ピンク色の髪に縁どられて、完璧なEラインの横顔が気持ちよさそうに蕩けている。
私がここ2ヶ月くらい焦がれていたれおの顔があった。
え、なに、待って、全然セックスしてね?これがセックスじゃなかったらどうしたらいい?やばくね?え?いや流石にそんなわけないか。
れおを壁に押し付けて、響紀がそれを下から突いている。響紀が、れおの唇を奪う。
あ、セックスですねこれ。
いや、パニックだよこっちは、推しが女抱いてたらどうしようって思ったのもつかの間、まさかのもう1人の推しを抱いてると思わないでしょ。
てかこんなところで盛るな。
いや、アドレナリン出すぎちゃったんかな、かわいい。
いや、そうじゃないわ、え?れおと響紀ってそういう関係なの?待って冷静に考えてれおが可愛いから忘れてたけどれおは男だが?響紀の女関係の噂一切聞かないのってもしかしてこういうこと?
変な女につかまるより全然応援できるけどさ、けどさ!!!
は、なにこの状況…!?
パニックになりつつ、目が離せない。
れおぴかわいっ…とろとろにされてるじゃん…響紀ヤバ…えろ…
いやこんなの金払ってないのに見ちゃダメでしょ、いくら払えばいい?
男同士のやつとか全然興味なかったのに目覚めそう。
「ひびきぃ、いっちゃうっ…♡」
れおぴが可愛い声を出して、軽く痙攣した。響紀がぐったりしたれおの身体を支えて、額に口付けをしている。
あんな優しい顔してる響紀みたことないが?
いや、ヤバ…。
とんでもないものを見てしまった。
と思っていると、響紀の顔がこちらに向く。
え、気づかれた?
長いまつ毛に縁どられた目が、ドアの隙間越しに明らかに私を捉えた。
やば、目が合ってる。気づいてる。
「言いふらすなよ」
れおは自分のものだと言わんばかりに抱き寄せて、響紀は言い放った。
も、もちろんです…と言おうと思ったけれど、言葉が喉奥に貼りついて出てこない。
響紀の腕の中のれおぴは、多分わけわかってなかったと思う。
え、冷静にやばくない?推しと推しが付き合ってるって事?
マジ…?
国宝級顔面と国宝級顔面で付き合ってるの?しかもめっちゃアツアツじゃなかった?
れおぴもめっちゃ幸せそうじゃなかった?マジで感謝しかない響紀ありがとう。
一生推すしかない。
「おかえり~」
めいからレモンサワーを受け取ってから、尿意やばいことに気づいた。
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