夜叉丸の恋10
大広間に戻ると、先ほどまで自分たちが座っていた場所に、金熊と石熊が腰を下ろしている。
二人部屋なのにここにいるということは、出先から帰ってきたのだろうか。その証拠に、二匹は外出の装いをしていた。
陰と陽を分けたように対の二匹。髪の色も茜色と薄鼠色と、反対の色をしている。角の数は四本で同じく、顔には対になるように三本の傷跡がついている。顔かたちや背丈は違うというのに、この二匹は同じ空気を持っていた。
二匹で何か机上を見つめていたようだが、温和な石熊が入ってきたものに気づいて大らかに笑う。
「どうしたどうした、揃いに揃って。」
夜叉丸が準備するよりも早く熊と星熊は座布団を引っ張って腰を下ろした。
安心感と包容力のある声の主に夜叉丸が頭を下げる。
「金熊様、石熊様、こんにちは。」
「うむ、挨拶ができてよい子じゃのう。」
石熊は傍へ来た夜叉丸の頭を撫でる。幼子のような姿の夜叉丸は石熊よりかなり小柄だ。石熊は子を撫でているような気持ちになった。
夜叉丸は、頭を撫でられてばかりだなあと、嬉しいような不甲斐ないような気持ちが生まれた。
「三人で居るなんて、珍しいな。」
寡黙な金熊がやっと口を開き、目じりの上がった目で見まわす。何か問題でもあったのかと少し心配しているような様子だった。
そんな金熊の思案を感じてか感じずか、星熊が張り切ったように口を開く。
「夜叉丸が、遠くにいる者に文を出すというので協力をしておるのだ。」
気を使って、「慕っているおなご」と言いかけた言葉を飲み込む。夜叉丸はその気遣いに気づき、恥ずかしそうに下を向いて肩をすくめた。
「なるほど。」
星熊の説明で金熊が頷き、安堵したように唇に薄く弧を描く。その横で石熊は頷いた後、何かを思いついたように柏手をした。
「それなら、大江の山で採れた土産をつけたら喜ばれるのではないだろうか。」
石熊は人の良さを一面に出した笑顔で提案する。
「それじゃ!石、良い考えじゃな。それがいい。」
石熊の言葉に星熊が膝を叩いて嬉しそうに賛同した。黙っていた熊も顎を撫でるようにして、それは思いつかなかった、と素直に感心した。
「それはいい考えかもしれんな。」
うんうん、と嬉しそうに頷いて、石熊は目の前の机を指さす。
「ちょうど、山の鉱石を少しばかり兄と採ってきたのじゃ。好きなのを持っていくといい。自然の力を貯めておるのじゃ。」
手元を覗き込むようにすると、黒塗りの机に丁寧に広げられた絹の布の上にきらきらと光る鉱石がいくつも転がっている。深い赤い色のものもあれば爽やかな緑色のものもある。翡翠だろうか。採ってきたそのままの、岩ごとの状態だが一目見ても高価で美しいものだというのが分かった。
美しい物好きの星熊は目を輝かせてその一つを手に取った。
「これが山で採れるのかぁ!」
「普通は見つからないが、石熊はこういうのを探し当てる力があるからな。」
感心する星熊に金熊がぼそぼそと呟く。夜叉丸は初めて見る宝石の原石に目をちかちかさせながら不安そうに聞く。
「でも、こんな良いもの申し訳ないです…」
「良いのじゃ良いのじゃ。ワシも採ってきてどうするかと言われれば特に使い道はない。嗚呼、赤いのは主様に献上するからそれ以外なら良いぞ。」
不安いっぱいの顔の小姓に笑いながら、気にすることはない、と付け足す。六角形の柱の形をした石を持ち上げて日に透かすように見ると、輝いて光を分散させる。これは喜んでくれるかもしれないと夜叉丸は嬉しくなった。
「その相手は、何色が好きなんだ?」
表情が柔らかくなった夜叉丸の横顔を見て金熊は問いかけ、袖をたぐいながら石を机の上で色ごとに分けていく。赤い石はひとつ、紫色の石もひとつ、緑と琥珀色のものが三つずつあった。
金熊の問いかけに夜叉丸は、文車妖妃の着ていた着物の色を思い出した。確か、薄い藤色をした振り袖に紫色の花飾りを髪にさしていたと記憶している。紫色が好きなのかもしれない。確信ではなかったが身に着けていたということは少なくとも嫌いなわけではないだろう。
「多分、紫色が好きかと…」
「うむ、ならこれをやろう!」
言い切らない言い方だったが夜叉丸の言葉に石熊が目を細めると紫色の、根本は透明になっている石を差し出した。
「本当にいいのですか。」
「仲間のためなら惜しまぬよ。」
一切の不安を打ち消すような石熊が朗らかに口角をあげた。
「いや、石熊。そのままでは些か無骨よ。我に任せろ。」
差し出された石を横から金熊が奪うと、不敵に笑う。
「兄よ、どうするのだ?」
わけのわからない石熊が首をひねると、それを流して金熊が夜叉丸に向き直る。
「贈る相手は、おなごか?おとこか?」
その問いに唇を一度噤むと目を泳がせた後、何か悪いことでもした後かの様に「女性です。」と答える。金熊も石熊もその耳まで赤くなった様子を見れば、全てを察したように顔を見合わせ、目だけで会話をした。
「よし、なら我がこれを首飾りに加工してやろう。夜までには作っておくぞ。」
語尾を柔らかくした金熊が石を見ながら宣言する。これなら、岩の部分を削り、紐を通せる穴をあければ立派な首飾りになると思ったのだ。
「それは良い考えじゃ!そうしてもらえ夜叉丸!なっ!」
石の完成した姿を想像したのか、星熊が興奮したように夜叉丸の肩を揺すった。夜叉丸はそれが金熊の迷惑にならないか不安で、そのことを伝えると金熊は
「これくらい、なんてことはない。」
とまた不敵な笑みを見せた。
金熊は、良いことを思いつくとこの笑いをするようだ。
お礼を述べつつ、幹部の新しい癖を見つけた、と夜叉丸は頭のどこかで思った。
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