鬼様

鬼様をお見受けしたお噺
お久しゅう御座います皆様。狐少年に御座いまする。中々お噺座を設ける事ができずに申し訳のう御座いました。お詫びと云ってはなんですが、今回はご依頼のお噺では無く小生のお見えした、名高い妖様のお噺を致しまする。
此方も非常に貴重な出来事ですから、心してお聞きくださりませ。
嗚呼そう、此のお噺に相応しい口調に致しましょう。
まだ都が京に置かれて居た時のお噺。陰陽道が盛んで、魑魅魍魎が街を闊歩して居た頃であります。
その日の都は、妙に静かだった。何時もであれば都の夜は妖が蔓延り、濁った、腐るような夜である。しかし、その日は違って居た。魍魎は息を潜め、辻や通りには人も、動物も居なかった。風は風、夜は夜。その静けさは、屋敷の中に潜り込んだ人々には伝わって居ない。
しん、と静まり返った、月しか居ない澄んだ夜道に一陣の風が吹いた。
ちりん、と涼やかな鈴の音が何処からかした。
時刻は、丑の刻を過ぎようとして居た。
先刻までも十分に静かであったが、より静けさを増した様に思える。遠くで鳴いていた虫も、声を出さなくなっていた。
都が、少しおかしい。
夜の色を掻く様に白磁が混じり始める。霧である。珍しく、都に霧が立ち込めてきたのであった。誰もいない夜道が2色に分かれる。夜の濃紺と、霧の白磁だ。
また、一陣の風が吹いた。今度は、鈴の音は鳴らなかった。その代わりに、からん、と渇いた下駄の音がした。
夜と霧がその音を避ける。その2色を破る様に、その者が歩みを進めた。
風が怯み、夜が伏せ、霧が逃げた。生命は、近くには居ない。しかし生命を持たないその場にいる者全てが怯み、張り詰めた。
路を作る土も、屋敷を縁取る塀も、漂う空気すらも気圧された。
それ程までにその者の妖気は畏ろしかった。
つい、と霧を破ると月にその姿が照らされた。小柄な少年の姿をして居たが、その者は「鬼」であった。あの妖気を纏いながら、畏れによって全てのものを伏せさせる、そんな空気が彼にはあった。憎悪と凄惨な色を携えた蜜色の瞳は堂々とした光を宿し、額には人の親指程の象牙色の角が生えている。しかし、「異形」であっても幼さの残るその見目形は麗しいものであった。その顔に表情は浮かんで居ない。何も信じて居ない、何者も寄せ付けぬ、彼の全身がそう云っている様であった。
ふと、後ろにもう1匹、鬼が現れた。何も言わずに後ろを付いて歩く。白乳色の長い髪を後ろに垂らしており、少年鬼より背は随分と高いが、女鬼である様だ。額の角は二本、漆黒であった。唇には紅を引き、退紅色の瞳は少年鬼よりも些か愛嬌がある様に見受けられた。
2匹の鬼は下駄の音だけを残して夜を切り裂く様に歩いて行った。
此の2匹が酒呑童子と茨木童子だと言うのを小生が知ったのは後の事であった。
さぁさ、如何で御座いましたか?鬼にお会いしたお噺。美しい彼らの姿は小生の目に焼き付いて離れませぬ。最強と呼ばれる2匹の鬼が此の後哀しい運命を辿ったと小生が知ったのは書で読んだ時でありました。ですがそのお噺はまたのちに。
それでは皆様、御機嫌よう

薔薇と脳髄の向こう

感嘆と共感と畏怖。共に彼岸へ向かおう。