【シキケン】HBDTM

「ハッピーバースデー」

年に一度、そういわれるイベントがあるのは人類皆平等だ。少なくとも、この世に生を受けた時点で誕生日はあるわけだし、祝われるかどうかは別として、存在する。

十九回目の誕生日を迎える神谷巽は、ぼんやりと昔のことを思い出していた。

誕生日と言えば、一般的には家族とパーティーをしてケーキにろうそくを刺して、プレゼントをもらって、というものだろう。巽が映画や本で見たものはおおむねそういうモノだった。

物心ついた時から親との接点が殆どなかったせいもあり、小さな頃は自分の誕生日がいつなのかすらわかっていなかった。だから、誕生日が大嫌いだった。

誕生日の一番古い記憶は、色とりどりのろうそくだ。

ニューヨークの安い貸し部屋で、やつれた母が居る。母はいつも派手な色のキャミソールを着て脱色した髪を適当にまとめていた。その日も例外なく、ピンク色のキャミソールに適当なポニーテールだったと思う。

見たくもない子供向けテレビ番組を眺めているときだった。バラバラと目の前にカラフルなろうそくが落とされた。ねじったような形の、青や赤、ピンクなんかの細い棒がタバコの吸い殻が転がる机の上に散らばる。意味も分からずに顔を上げると、母が「ハッピーバースデー」と言った。

昼間だというのに酔ったような妙なテンションでそれだけ言うとスパンコールのついた鞄を掴んで出て行った。

母のいなくなった部屋で、そのろうそくをどうしたのかは覚えていない。

二つ目に古い記憶は、アヴィたちに出会ってからだ。

九歳だかの時の誕生日だった。

いつものたまり場に行くと誰も居らず、時間を間違えたかと不安になったのを覚えている。

路地の隙間にある空き家をよく使っていた。誰もいない日はないのだが、たまたまそうだったのだろうと帰ろうとしたところに、サプライズでアヴィがホールケーキを持って出てきた。チームの仲間たちもクラッカーで祝ってくれたが、その音が発砲音だと思われて警察のサイレンが聞こえ、すぐさまお開きになったのだ。

何気なく「誕生日いつだ?」と聞かれて答えたのを、アヴィは覚えてくれていたらしかった。

きちんと誕生日を祝ってもらった、初めての記憶だった。

それからほぼ毎年アヴィだけは祝ってくれて、そのおかげで少しだけ、誕生日が好きになれた。

家族にこそ祝われたことはないが、誰かが覚えていてくれるならそれでいいと、巽は思う。もちろん、家族みんなで一つのホールケーキを食べるのに憧れはある。数年前の姿のまま止まっている母と、先日会って少しだけ好きになれた父と、未だに掴み切れない兄と。一瞬、そんな幻想を抱きかけるが無意味なことだと思えばすぐに考えるのをやめた。蓋をした寂しい、という気持ちが僅かに流れ出てしまう。

自室から見える夜景を眺めながらぼんやりそう思った。

九月九日〇時。

次々に入ってくる通知に苦笑いしつつ、煙草の火を消した。

「みんなマメだなー」

今じゃこんなに色んな人が祝ってくれるようになったのか、と感慨深いような、嬉しいような、切ないような不思議な気分になって緩く唇に弧を描いた。

祝いの連絡に紛れて冗談めかした「愛してるよ」なんて言葉まである。

そんな仲間たちが妙に愛おしく思えた。

もし昔の自分に会えるのなら、「もうすぐ誕生日が好きになれるよ」と教えてやりたい。

「ケーキ食お」

当たり前のように送られてきたその言葉に「チーズケーキがいい」と返す。

最近では一緒に過ごすのが常のせいで、もう「遊ぼう」なんて言葉を使わなくなってしまったのが面白い。

「言うと思った~、思い出でしょ」

言葉少なにそう返ってきた言葉が心地良い。彼の青い目はきっと優しい色をしているんだと、容易に想像できる。

「そうそう」

今年の誕生日の夜は、穏やかなものになりそうだ。

薔薇と脳髄の向こう

感嘆と共感と畏怖。共に彼岸へ向かおう。