微睡
「よろしくお願いします。」
そう言って恐る恐る伸ばした手は、自分よりも大きな手でしっかりと握られた。
体温が高い。元々体の強くないヴィンセントは彼の体温が高くて驚いた。
お世話になっている理事長先生とよく似た顔の少年は、ヴィンセントよりも随分と背が高かった。
鋭い目つきは少しだけ怖いが、弱いと思われてはいけないと思い胸を張った。
「ヴィンセント、ウィルを部屋へ案内してあげて」
優しい声で理事長に言われれば、「はい」と素直に返事を返した。
一度頭を下げてから室内をあとにし、後ろからついてくるウィリアムに何を話すべきかわからずに黙ってしまう。
「なあ」
革靴の足音だけが響く沈黙に耐えかねたウィルが話しかけた。わずかにヴィンセントの肩が跳ねる。
「はい」
「あんた、男?」
良そうだにしない問いかけに思わず足を止めてしまった。はじめて言われる言葉に戸惑い、振り返るとウィリアムのグレーアッシュの瞳とぶつかった。
「お、男ですよ。ここは男子院ですから」
「あ、そうなの。髪も長いし小さいし綺麗だからてっきり女の子なんじゃないかって思った」
男子院なのは知っていたし、彼が女の子でないことも分かっていたがウィリアムは同世代との関わり方を知らない。からかうつもりで言ったのだが、なんだか変な感じになってしまった。
「ち、違います」
綺麗?
はじめての問いかけと意図のわからなさに眉を顰めるとそれ以降の言葉は何も思いつかなかった。思わず足を速めるがいとも簡単についてくる。ちらりとウィリアムを見ると欠伸をしていた。自由な人だと少しだけ羨ましくなる。
「なあ、友達いる?」
またわけのわからない質問が飛んできた。ちくりと胸が痛む。そういうデリケートな部分は聞いてこないでほしいと思った。
「いないです。僕は勉強とかで忙しいので」
半ば自棄になってそういうと、ウィリアムは首をひねった。
「そうなのか?じゃあ俺が友達になってやろうか」
思いがけない言葉に再び振り返ると、彼が不敵な笑みを浮かべてこちらを見ていた。
改めて見る彼の顔を見て、「君もたいがい綺麗な顔じゃないか」と言い返しそうになるが飲み込んだ。
「別に友達が欲しいとは思っていないですよ」
嗚呼また、自分に嘘をついてしまった。素直になれればどんなに楽なことか。
「嘘だな。友達になってほしいって顔に書いてあるよ」
そう言って覗き込んできたウィリアムの瞳が、妙に心地よかった。
泣きながら目が覚めた。
苦しくて仕方が無くて、今ほど器用に仮面もかぶれていなかった頃の夢だ。
ウィリアムと出会った時の夢。
おぼろげな中でも鮮明に覚えている彼との記憶がゆっくりと流れだした。まだ暗い室内の中で半身を起こすと頭が痛んだ。
そうだ、昨晩ずいぶんと酒を飲んでしまったんだ。
ゆっくりと記憶を辿っていくと、自棄になった自分の醜態が思い出される。恥ずかしさと自己嫌悪に陥りながら枕もとの水を飲んだ。
そして、そんな風に酒を飲んでしまった原因が思い出されてますます気分が落ち込んだ。
「ウィル」
小さくその名前を呼ぶが返事はない。
今こそ居てほしいのに。
そんな風に思ってしまう自分が嫌になる。誰かに頼って生きたくはないのに。一人だけで生きていきたいのに。
どうして僕は、つらい時に彼に会いたくなるんだろう。
ヴィンセントは再びベッドに身を横たえ、瞳を閉じた。
自分の弱さを一度忘れるために。
0コメント