夢物語2

とある怪盗団のとある青年とのお話

あいつは天才だというのはよく耳にする。名画の巨匠・班目の門下生で、いっとうひいきにされているっていうのも学校中で話題になっていた。

班目の汚い裏側を暴かれて逮捕された後もメディアには「悲劇の天才美少年画家」とか言われているのをよく聞いたことがある。人気者も大変だなあくらいに思っていた。

おれと喜多川祐介は同じ高校に通っているが、面識はほとんどない。あいつが有名人だから、おれが一方的に知っているだけだ。

メディアが取り上げていた「天才美少年画家」というのはあながち間違いでもないとおれは思う。少なくとも女子はよくキャーキャー言っている。それだけじゃなくストイックで芸術家肌。まさに画家になるために生まれてきたような奴だ。

おれは美術というよりも音楽の畑の人間だから別に妬みがあるとかそういうわけではない。

対して気に留めてもいなかったし、かかわる機会もないと思っていたのだ。

でもある日、かかわるはずがないと思っていたあいつと、妙な形で出会う羽目になる。

その日の早朝、いつものように高架下で練習をしていた。おれはテナーサックスをやっている。管楽器は、音がでかい。だから寮で演奏するわけにもいかず、高架下の土手でこうして練習するのだ。近々演奏会がある。それに向けてソロを詰めたかった。

自分で言うのもアレだが、おれのサックスは案外評判がいい。芸術は勝ち負けが明確に見えないので上限がない。おれは、誰の心にも響く音を創りたかった。演奏している間は何も考えなくていい。指が勝手に動くのだ。今回の演奏会も、なかなか大きなもので、絶対に成功させたかったのだ。そのためには、誰よりも練習をしなくてはいけない。

譜面の終わりが見えて、長いロングトーンのあとに曲を終えた。おれの想像の中では拍手喝采だった。…と、そのとき、手をたたく音が聞こえた。時々散歩のおじさんとかが聞いていてくれることがある。そんなところだろうと思ってその音の方向を見た。

BGM〈Wicked Plan〉

喜多川祐介がそこにいて、手をたたいていた。切れ長の目がおれを見つめている。

「素晴らしかった。音楽にはあまり興味はなかったが、新しい発想がわいてくるようだ。」

顎に手を当てて考え込む動作をする。動きがいちいちきざだが、嫌みなく決まってみえるのは顔のせいだろうか。

「音から与えられる表現や感情というのを描いたら新しい芸術を見つけられそうだな」

一人の世界で考え込み、なんだかずれたことを言っている人気者の顔を見ておれは思わず笑ってしまった。

「お堅くて高飛車な奴だと思ってたけど、案外面白い奴なんだな」

「面白い?俺がか?」

怪訝そうな顔でこちらを見上げてくるが、その顔すら様になっている。

「そうそう。というか、聞いてくれててありがとな」

今朝の一人だけの観客に向かってわざと恭しくお辞儀をすると、彼は再び手をたたいてくれた。悪い奴じゃなさそうだと思った。

「俺は最近、良いアイディアが思いつかなくてスランプだったんだが、君の演奏を聞いたら溢れるように沸いてきた。もしよければまた演奏を聞かせてくれないか。」

すごい勢いで俺の手をつかんでくる。握られた手のひらに、筆まめがあるのが分かった。

その勢いに圧倒されて俺は思わずうなずいた。

「喜多川祐介だ。よろしく」

彼が名乗る。有名人だから、名前くらいはもちろん知っていたが、知っていたよというのはなんだか気が引けたので言わずに、そのまま俺も自分の名前を名乗った。

それからしばらく俺たちは二人で川べりに座ってお互いにやっていることについて話した。喜多川の今描いている絵のこと、俺は今度の演奏会のこと。まるで古い友達のように笑ったり、真剣に話を聞いたりした。

馬が合うというのはこういうことなんだろうなとどこかで思った。

ふと、喜多川の腹が鳴った。

「すまない。何も食べていないものでな」

俺はカバンの中を漁る。さっき買ったコンビニの袋を引っ張り出す。

そこから、じゃがりこを取り出した。

「おお、大好物だ」

よかった。うれしそうに笑う喜多川に、じゃがりこの箱を手渡してやる。

俺たちは二人、じゃがりこを食べながらまた話をするのだった。


薔薇と脳髄の向こう

感嘆と共感と畏怖。共に彼岸へ向かおう。